2017 Fiscal Year Research-status Report
近世ドイツの文学・伝承・図像資料におけるHeilbad(湯治場)表象の研究
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17K02619
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Research Institution | Nara Women's University |
Principal Investigator |
吉田 孝夫 奈良女子大学, 人文科学系, 教授 (40340426)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 近世 / ドイツ / 湯治 / 温泉 / グリンメルスハウゼン / ムルナー / 温泉誌 |
Outline of Annual Research Achievements |
1.中世末・近世に始まるヨーロッパの「温泉誌」、つまり温泉の効能と使用法を指導する書物について、その端緒から近代に至るまでの歴史的転回を、マルティン、フュアベート、ロライトの文献に従って概観し、今後、特に注目して考察すべき「温泉誌」をいくつか抽出した。また、そうした古文献の蒐集と調査を開始した。 2.この作業を通じて、まず本課題は近世ドイツに主たる照準を定めていることから、17世紀ドイツの最も重要な文学作品であるグリンメルスハウゼンの『ジンプリチシムス』に着目した。作品中に点在する温泉表象の意味を考察する、本課題にとっての助走的な論文は、すでに2017年度末にまとめ、公表した。温泉の源へと赴く主人公の地底旅行は、近世的な自然観・宇宙館の表現のために根本的な役割を担っている。この論考に基づきつつ、グリンメルスハウゼンの活動したドイツ南西部、いわゆる「黒い森」地方の湯治場伝承、開湯伝説の蒐集・検討に着手した。 3.このドイツ南西部には、現在も数多くの湯治場がある。19世紀前半におけるJ・ケルナーの「温泉誌」は、まさにこの特有の風土から生まれた重要な著作であり、これについて論文1篇をまとめた。近代化学と合理主義の時代に、ケルナーの温泉観は、なおも近世的な性格をとどめる。つまり化学的な湯の成分分析とともに、自然界に作用する霊的な力の尊さをも説く、独特の折衷性を特徴とした、ロマン主義的な温泉誌と呼ぶべきものである。また近代ツーリズムが到来する前夜に、ケルナーは、静かな湯治場の古来の意義を説きつつ、土地の伝承を散りばめることによって、一種の観光案内の書物としても機能する結果になっている。 4.温泉と霊性との深い関係は、キリスト者の注目するところともなる。16世紀初頭の奇書とも呼ぶべきTh・ムルナーの『霊の湯治』を丹念に読み、その日本語訳を完成させた(未刊行)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本課題採択前の2016年末より、すでに個人的に着手していたグリンメルスハウゼンの湯治場表象の研究によって、助走的な論文を完成させることができ、これを刊行した。さらにこの17世紀のドイツ人が生きたドイツ南西部の湯治場をめぐって、19世紀前半に書かれた興味深い温泉誌に着目し、これについての論文を一つ執筆することができた。また温泉誌の歴史的系譜をたどる作業のなかで、16世紀初頭に書かれたTh・ムルナー『霊の湯治』という、独特のキリスト教的温泉誌を精読し、その全体の試訳を終えることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
Th・ムルナーのキリスト教的温泉誌『霊の湯治』について、その全体の試訳は2017年度に終えており、2018年度には、この原稿の細部の吟味と注釈の記述を行って、将来的な出版刊行への準備を進めたい。またこの温泉誌の内容を概観する論考を、年内にまとめることが最も重要な作業になる。それが果たされた後には、16世紀と19世紀の特徴的な温泉誌の概観が得られたことになるので、残る17・18世紀の温泉誌の検討を慎重に進めたい。 近世の民衆文化的資料における「湯治場」表象のリストアップと検討を進める。マルティン、ルドルフ、プロープスト、フュアベート、ロライトといった研究文献には、中世末と近世に由来する興味深い木版画・銅版画の例が数多く紹介されている。近世ドイツの民衆文化と伝承文学にとって、この図像的資料がいかなる帰結をもちうるのか、この点の考察も行いたい。
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Research Products
(3 results)