2018 Fiscal Year Research-status Report
アレクサンドリアのフィロンの倫理思想:聖書学的・思想史的考察
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17K02628
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Research Institution | Ferris University |
Principal Investigator |
原口 尚彰 フェリス女学院大学, 国際交流学部, 教授 (60289048)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | フィロン / 法 / 律法 / ノモス / 普遍性 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成30年度は本研究の二年目にあたり、一年目に集めたアレクサンドリアのフィロンの著作の原典の校訂版や文献資料を用いて本格的な研究を行うことが出来た。また、主要なフィロン研究書を批判的に検討し、従来の研究によって解明されたことと、まだ十分に解明されていないことの両方を確認した。 古代のユダヤ人哲学者であるフィロンの倫理思想を考える際には、旧約・ユダヤ教的な要素とヘレニズム的要素がどのように結び付いているかを調べることが重要である。本年度はフィロンの倫理思想の中核にある法(律法)の観念を聖書学的視点と思想史的視点の両方から分析した。 具体的には、第一に準備作業として、法を表す代表的ギリシア語であるノモスの語学的分析を行った上で、ギリシアの代表的哲学者たちの法理解の特色を分析した。第二に、旧約・ユダヤ教における法(ト-ラー)の概念の語学的・神学的分析を行った。第三に、ノモスのフィロンにおける用例をリストアップした上で、その語学的・思想的特色を吟味した。 この分析の結果、フィロンは法(律法)の源泉をイスラエルに対する神の啓示に求める旧約・ユダヤ教的理解から出発しているが、ギリシア的な普遍的法の観念を導入することによって、律法の観念をより普遍化しようとしていることが明らかになった。神の定める法はイスラエルに妥当するだけでなく、世界を支配する普遍的な原理であり、この普遍的法を体現するのが、モーセの律法であることになる。このようなフィロンの法理解には、イスラエルの倫理思想が、普遍性を持っていることをギリシア・ローマ世界の知識人に対して立証する弁証的意図が認められる。 この研究成果は、「フィロンの法(律法)理解」という題の論文として、フェリス女学院大学キリスト教研究所編『フェリス女学院大学キリスト教研究所紀要』第4号、2019年3月、5-18頁に掲載された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
前年度に集中的に資料収集に努めた結果、研究の基盤となるフィロンの著作のギリシア語本文の校訂本や主要な二次文献が大分揃って来たので、今年度はフィロンの著作の原典の分析や先行研究の検討に力を注ぐことが出来た。前年度はフィロンの倫理思想の中心にある正義(義)の概念を検討したが、本年度はその問題と密接な関係にある、フィロンにおける法の理解の分析を進めることが出来た。 今年度も前年度と同様に、旧約・ユダヤ教文書のヘブライ語本文と旧約聖書のギリシア語訳である七十人訳聖書とフィロンの一連の著作のギリシア語本文との語学的分析を行った上で、分析結果を総合して思想史的分析を行った。この学問的手続きは前年度と同様であり、分析手法に習熟して来た結果、研究を円滑に進めることが出来た。 フィロンは旧約聖書本文を解釈する際に、本文の字義通りの意味と、文章が指し示す寓諭的な意味を区別し、後者をより高次な意味であると考えていた。今回は、フィロンの法(律法)の理解にもこのような二重の意味のレベルを区別が見られるのではないかという見通しを立てて、関連する箇所を絞り込み、想定した仮説が成り立つことを確認することが出来た。この検証プロセスも、結論が当初は見通せず手探りの状態で研究を進めた昨年よりも遙かに手早く、円滑に進めることが出来た。 昨年の研究から得られたもう一つの作業仮説は、フィロンは旧約・ユダヤ教の法思想を出発点にしながらも、ギリシア的な法理解を援用することによって、ユダヤ的な法理解を普遍化しているのではないかということである。この作業仮説の下に研究対象とする主題や箇所を絞り込んだ上で、フィロンの諸著作の本文の分析と考察を進めて行き、予想した通りの事実を確認することが出来た。このことも研究が二年目になり、行って来た研究成果が次第に積み重なってきて、研究に加速度がついてきたためであろう。
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Strategy for Future Research Activity |
アレクサンドリアのフィロンの思想的特色は哲学的な旧約聖書解釈にあり、その倫理思想も旧約聖書に示された法規範を守る実践的側面ばかりでなく、根底にある彼の世界観や信仰論の究明が必要であることが、研究を進める中で明らかになってきた。今後の研究の方向としては、フィロンの思想の中核にある真理概念を考察した上で、彼の信仰論の分析を行って、彼の倫理思想を支える宗教論の思想的構造を明らかにしたい。 ギリシアの哲学的伝統において、真理とは哲学的な探求を通して得られる普遍妥当的な原理・原則のことである。これに対して旧約・ユダヤ教の思想的伝統では、世界の創造者であり、歴史世界の支配者であるヤハウェの意思が真理の源泉である。神は絶対者としての意思を言葉を通して啓示したと考えられており、ユダヤ教徒にとって真理を知るとは、啓示された神の意思を知ることに等しく、神の意思が啓示された聖書が神の言葉として第一義的真理探究の対象となる。 一世紀のアレクサンドリアに生きたユダヤ人哲学者であるフィロンは、神の言葉としての旧約聖書を学び、ユダヤ教徒として律法を実践していた。彼の真理理解の基本は聖書を通して神の意思を知り、それを実践することにあると考えられる。他方、彼はギリシア思想を深く学んでいたので、哲学的探求を通して真理を究めるギリシア哲学にも影響を受けていた。フィロンの真理論や信仰論も、旧約・ユダヤ教の伝統に従って聖書の言葉に示された神の意思を知るだけでなく、神が創られた世界を支配する原理や法則を理性を通して知ることを含んでいる。今後の研究では、フィロンの思想の中に見られる旧約的・ヘブライ的真理概念とギリシア的な真理探究とがどのような関係にあるのかを調べてみたい。フィロンにおいて両者の要素は並存するだけで十分に統合されていないのか、それとも両者が結合して統一体を作っているのかを研究を通して明らかにしたい。
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Research Products
(1 results)