2020 Fiscal Year Research-status Report
ビルマ文学における他者表象の史的考察~小説に描かれた日本占領期を中心に~
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17K02662
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
南田 みどり 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 名誉教授 (80116144)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 日本占領期小説 / 日本人の形象化 / 軍事政権の言論弾圧 / ビルマ文学史 / 日本関連小説 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究はミャンマー連邦共和国において、研究蓄積が十分とは言えないビルマ語文学における他者表象の史的考察の一環として、日本占領期(1942-85)を題材とした小説に焦点を当てたものである。研究の手順は次のとおりである。具体的には、1950年代から現代に至る文学潮流について、長編小説を中心に、その年代的特徴を明らかにした上で、そのうち、日本占領期を扱った作品における日本人の形象化の特徴を年代別に考察する。研究期間を、第一期・年代別考察期と、第二期・史的考察期に分ける。第一期に属する2020年度は、2017年度に考察した50年代文学、2018年度に考察した60年代文学、2019年度に考察した70年代文学研究の成果の上に立って、1980年代以降に出版された長編・短編を中心に現地でさらに収集し、背景となる文学状況についても、聞き取り調査を実施し、資料を整理・精読して、学術雑誌等で成果を発表することを目指した。しかしコロナ禍中にあっては、国内で研究成果を上げるべく努めざるを得ない。その結果得た成果は、次の通りである。第一に、70年代文学が権力のより強力なテコ入れを受けた結果、日本占領期小説がさらなる変容を遂げたことを明らかにした論説「虚構による史実再編のゆくえ―70年代ビルマの日本占領期関連小説―」が査読を通過して『世界文学』に掲載された。第二に、すでに収集済みの1980年代から2019年までに出版された日本占領期並びに日本関連小説(長編9点短編28点)を精読し、その変容について分析を進めた。第三に、日本占領期を含む1900年代から90年代までのビルマ文学を文学史的に総括し、1990年代以降の軍事政権下の言論弾圧状況の報告と併せた『ビルマ文学の風景―軍事政権下をゆく』を、2020年4月に執筆着手し、2021年3月に出版できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
第一に、ミャンマーの戦後文学史を総括する我が国初の試みである『ビルマ文学の風景』をまとめることで、軍事政権下でビルマ文学が様々な受難を被るに至った経緯が、改めて整理できた。3年間の日本占領期は、日本軍特務機関によって創設されたビルマ独立軍の発展の礎を築いた。ビルマ文学界は、対日協力を隠れ蓑に、現在も継承される文学行事である文学賞の授与、文学者の日を創設し、作家協会を再建し、協会機関誌を発行し,同誌にはビルマ文学史上初のビルマ軍将兵の形象化を登場させた。作家たちは大東亜共栄圏のプロパガンダよりむしろ、来るべき真の独立に向け、ビルマ軍のプロパガンダに努めた。ビルマ軍も、検閲でビルマ軍人の士気を低下させる作品を不許可にするなど、文学への介入を周到に行った。1948年の独立後ビルマは、反政府軍支配下の、非合法地帯と政府支配下の合法地帯に分断された。反政府軍は離合集散を重ねたが、対する国軍は強大化への道をたどった。国軍はクーデターで、1958-60年に選挙管理内閣、1962-88年にビルマ式社会主義政権、1988-2010年には軍事政権と、半世紀にわたって権力をほしいままにした。社会主義政権以降文学はイデオロギー建設における貢献を義務付けられ、飴と鞭の政策の下、さまざまな受難を被った。この流れを通史的にまとめることができた。第二に、これらの中で日本占領期小説が変容していったことも明らかになった。80年代以降は、量的に大幅な減少もみられる。それは、ビルマ式社会主義政権が破綻し、新たな軍事政権が登場してからも同様である。抗日闘争における軍の役割を強調する作品も減少し、かわってビルマ人留学生や在日ビルマ人の生活を描く作品や、元日本兵のビルマ再訪など、新たな傾向の日本関連小説が登場する。60年代に文壇の花形であった抗日小説が、軍事政権下で一定の役割を終えたかに見えることは重要である。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は文学史の総括的な書籍の執筆作業が中心となったため、2021年度は時代別考察にいったん戻らねばならない。1980年代から現在に至る日本占領期ならびに日本関連小説についての論文「ビルマ軍事政権下における日本占領期小説の変容(仮題)」の執筆に重点を置くこととする。既に80年代、90年代、2000年代、2010年代の収集作品の精読は終了しているので、作品背景として、ビルマ式社会主義時代(-1988)、軍事政権国家法秩序回復評議会・国家団結発展評議会時代(1988-2010)、民政移管時代(2011-2020)における文学界と社会の動きや、日本・ビルマ関係などを調査したうえで、日本占領期並びに日本関連小説の質的量的変容を考察することとする。2021年2月1日に生じたクーデターならびにコロナ禍によって、渡航のめどが明白ではないため、国内における作業が中心となる可能性が高い。渡航が可能となれば、現地での資料収集と聞き取り調査を再開する。この期間は研究計画第二期として、通史的考察のまとめに入らねばならないため、最終的なまとめとして『ビルマ文学における他者表象の考察―小説に現れた日本占領期を中心に―(仮題)」執筆の態勢を整える必要もある。また、本研究期間中に収集した短編作品から適切なものを選出して、翻訳短編集『ミャンマー人の描いた他者―日本占領期作品集(仮題)』出版の準備に入る必要もある。最終まとめを短編集解説部分として援用することも考えられる。とりわけ、1990年代以降の軍事政権下で、中国を除けば日本が最大のODA供与国であったとささやかれ、利権集団となり果てた国軍の現在のような暴挙を許した日本の責任も世界的に問われているため、日本側の資料も渉猟しておく必要がある。小説の変容とそれらとの関係の有無を明らかにしておくことも課題の一つといえる。
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Causes of Carryover |
2020年度は研究機関の第一期年代別考察の最終年度に当たり、1980年代以降の未入手の日本占領期並びに日本関連小説の収集と聞き取り調査のためミャンマー連邦ヤンゴン大学に出張する予定であったが、コロナ禍が長期化したため渡航が不可能となり、旅費が使用できなくなった。ズームによる研究会や会議が増加したため、経費を急遽ノートパソコン購入にあてて乗り切った。次年度は、コロナ禍のみならず、クーデターによりさらに情勢は不穏であるが、渡航が可能となれば、旅費に充てることとする。
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Research Products
(2 results)