2017 Fiscal Year Research-status Report
付属語音調変異の同時間的な動態記述と変異生成機序の解明
Project/Area Number |
17K02673
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
那須 昭夫 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (00294174)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | アクセント / 付属語 / 言語変異 / 音調 / プロソディ / 活用形 / 音韻論 / 日本語 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、式保存型付属語に生じつつある音調変異(起伏化)の実態を記述し、変異の要因と機序を解明することである。平成29年度は主に「たい」「そうだ」を含む節について第一次調査の実施および結果の分析を行い、①音調変異の動因・②韻律長と変異・③活用形と変異・④統語的要因について以下の知見を得た。これらの成果は研究発表および論文において公表した。 ①当該付属語の音調変異は、複合動詞での山田法則の衰退や第Ⅰ類形容詞のアクセント変化など、元来平板音調をとる形式が起伏化するタイプの変異現象と共通の動因を持つ。すなわち音調対立の中和を指向した変異である。 ②変異は概して前接動詞の拍数が増えるほど起こりやすい。とくに前接動詞が2拍以下である形式と3拍以上である形式との間には変異の生起頻度に統計的有意差が認められ、これはタイ節であれソウダ節であれ一致した挙動である。2拍という韻律長は最小語に相当するものであることから、韻律最小性が変異の成否を分ける閾値として働いていることが示唆された。 ③変異の進度には活用形による差が認められる。タイ節では、特に終止形において8割に及ぶ高頻度で変異が進んでいるのに対して連体形では5割程度に留まる。これは、終止形の現れる文末位置が終端下降イントネーションの起こる位置でもあり、変異との親和性が高いこと(起伏化の好発条件を備えていること)による。 ④タイの連用形を含む節のうち、動詞接続形式(~タクナル)と否定接続形式(~タクナイ)とでは、前者のほうが変異が抑制されやすい。これには統語構造の違いが関与している。前者では動詞句の無標音調(-2型)が維持されやすく、それが変異に対する抵抗要因として働いている。一方、後者ではそうした要因が構造上存在しないため、変異が順当に指向されやすい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究を推進するうえで不可欠な第一次調査を年度内に実施することができた。現在、各付属語について結果の分析を進めるとともに、第二次以降の調査の課題について検討を進めている。この作業は現在実施中の分析の結果に即して行う必要があるため、若干の試行錯誤を経ざるを得ないが、基本的な見通しは本年度の考察を通じてすでに得られている。 本年度は式保存型付属語のうち特に「たい」を含む節の音調変異について重点的な分析と考察を実施し、研究全体の方向性を定めるうえで示唆に富む知見を得た。残る課題としては、分析上必要な統計手法の検討(検定の多重性の回避)がある。変異強度の量的予測や要因間の影響の強弱関係を探るうえで有効と考えられる手法を現在検討中である。 「たい」以外の付属語における音調変異の実態についても分析を進めているところである。並行動作を表す助詞「ながら」については、前接動詞の拍数が極小であっても比較的変異が生じやすいことなど、タイ節音調の分析結果からやや逸脱した実態が捉えられたが、これはむしろ、音調句形成の機序に関する新たな知見に結びつくとの見通しがある。また助動詞「そうだ」については、他の付属語に比べ変異生起率が低い水準に留まる傾向があることを突き止めているほか、話者の出身地域(南関東かその周辺の地域か)により新型選好の度合いが異なるという、当初想定していなかった興味深い実態も把握できた。この点は今後の新たな探究課題の開拓につながる萌芽的な知見である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の課題は大きく分けて3つある。①音調変異の実態捕捉・②変異機序の分析・③追加調査の立案と準備である。 ①については、ソウダ節ならびにナガラ節における音調変異の実態について分析を進める。前接動詞の拍数と変異生起の関係および、当該節の前後に位置する文節の音調との関係の解明を主要な考察課題とする。また、活用のある付属語(「たい」「そうだ」)については活用形と音調変異とのかかわりの解明が引き続き重要な課題となる。 ②については、上述①に係る分析をふまえ、変異の生成に作用する要因について、音韻理論に基づく質的検討ならびに統計的手法を用いた量的予測を行う。前者に関しては、最適性理論における照合制約と有標性制約の拮抗関係に基づいて変異機序の説明を試みる。後者に関しては、回帰モデルによる分析が変異強度の予測に際して合理的な帰結をもたらし得るかどうかを検討する。 ③については、第二次調査に向けた準備を行う。第一次調査で得られた知見に基づいて調査の課題を明確化し、調査のデザインを立案・検討する。調査課題についての現時点での見通しとしては、音調句の形成と変異との関係を捕捉すること・変異の進行に対する統語的要因の関与を捕捉すること・話者の母方言地域差と変異強度との関係を捕捉することなどを計画している。
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Causes of Carryover |
録音調査に係る協力者について、当初の予定よりも少ない人数で実施できたため、人件費(謝金)に残額が生じた。旅費については、学会・研究会等の開催地が比較的近隣であったために残額が生じた。また、「その他」として計上していた調査票等の作成に係る経費が当初想定よりも節減できたため残額が生じた。 平成30年度は、1. 第二次調査に係る経費、2. 録音資料の音響分析に係る経費、3. 理論的考察に係る経費、4.研究成果の発表・論文掲載料・研究情報収集等の活動に係る旅費などの支出が主な使途として見込まれる。1.に関しては、作業補助者の雇用に係る経費等、主に人件費・謝金の支出が見込まれるほか、データの管理に必要な記憶媒体等の準備に要する支出が見込まれる。また、調査に備えた機器の準備および、調査実施に係る旅費等の支出も見込まれる。2.に関しては、データの入力に係る人件費、統計分析関係研究書ならびに分析に必要なソフトウェアおよび機器の購入に係る支出が見込まれる。3.に関しては、考察に必要な音韻理論関係研究書の購入に係る経費が見込まれる。
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