2017 Fiscal Year Research-status Report
Consonant cluster changes in Indo-Aryan: From diachronic and synchronic perspectives
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17K02702
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Research Institution | Kansai Gaidai University |
Principal Investigator |
鈴木 保子 関西外国語大学, 外国語学部, 准教授 (00330225)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 子音変化 / 子音結合 / 同化 / アショーカ王碑文 / 中期インド・アーリア語 |
Outline of Annual Research Achievements |
中期インド・アーリア語では古期から引き継いだ多様な子音結合が母音挿入や語中の完全同化・語頭の子音削除により変化し、子音結合が重子音・鼻音と子音の連続・共鳴子音とhの連続に限定された。本プロジェクトではこの大規模な子音結合の変化がどのように起こったかを資料をもとに実証するのを目的とする。 この目的のために最初期の中期インド・アーリア語および後に変化した一部の子音結合が無変化のまま残っている方言を検証することにより変化の過程をたどることができる。最初期の中期インド・アーリア語を代表するアショーカ王碑文は紀元前3世紀で南アジア各地から発見されており、石柱詔勅ではほぼ統一されたテクストで東部方言を代表するものであるのに対し、岩石詔勅では複数の場所で発見された同じ内容のテキスト間に様々な方言差が見られる。岩石詔勅はマガダ国を含む東部では音変化により子音結合がほとんど残っておらず、sv tvなど一部の子音結合が少数の語で見られるのみである。他方、西部では一部の子音結合は失われたものの東部で失われた数多くの子音結合が保持されている。それぞれの子音結合の発達が例外のない規則的な部分や一般的な傾向がある一方で、方言間の特徴がより一般的な形ではなく特定の子音結合の発達に基づいて定義され、さらに一つの方言で特定の子音結合の発達においてもバリエーションが見られる。 アショーカ王碑文岩石詔勅のテキストを精査することにより、後の大規模な子音結合の変化は、上記のように一般的な傾向に必ずしも適合しないものも含めてより小規模な変化の蓄積により達成されたと考えるのが妥当である。特定のテキストの検証により中期インド・アーリア語全体を対象とする研究では得られない成果を目指す。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
平成29年度はサンスクリット語重子音化のデータ収集および解釈にあてる予定であったが、文献の成立時期と写本作成時期の時間差のため、重子音化について伝承の際元の状態が正しく保持された確証が現時点では得られない。したがって、当初の計画を見直し、古期から中期への過渡期であるパーリ語の原始仏典およびアショーカ王碑文の調査へと計画を変更した。プロジェクトの趣旨は古期から中期への子音結合の変化のメカニズムを解明することにあるので、この変更は目的を達成するためにはより有意義である。 「研究実績の概要」で述べたようにアショーカ王碑文の岩石詔勅では、一般に西部方言の方がより多くの子音結合を温存する傾向にあるが、子音と母音に挟まれたmやvから両唇閉鎖音が発達するという特徴的な変化が観察される。この変化は同化によって消失するはずのmまたはvが阻害音の後ろで閉鎖音に変化するもので、方言によって異なる子音結合が対象となる。例えば西部のギルナールの碑文ではtm, tv > tp; dv > dbの変化が見られるのに対し、北西部のシャーフバーズガリーとマーンセーフラーの碑文では規則的ではないもののsv, sm > spの変化があり、東部のダウリーとジャウガダの碑文では人称代名詞にsm > phの変化が、東部全体でhm > mbh, bhの変化が起こっている。この閉鎖音化は先行する阻害音による調音方法の同化が主とみられ、西部方言でより顕著であるが、語彙的な要因も識別される。 現在、以上のような閉鎖音化に関する観察および論考を論文に纏めている。平成29年度中に論文を完成させる予定であったがいまだに進行中であるため、進捗状況は「やや遅れている」とした。遅れの原因は上記のように大きな方向転換をしたためで、初年度は方法論を模索・確立するのに十分な時間を費やすべきであると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
現在アショーカ王碑文の、特に西部諸方言に見られる、阻害音と母音に挟まれたv mの閉鎖音化の現象を検証しているが、その後アショーカ王岩石詔勅に観察される様々な子音結合の発達の相違を検証する予定である。アショーカ王碑文では写本とは異なりテキストが改編されることはないだけでなく複数の場所で発見された同じテキスト間に方言差が見られ、いずれの場合も変化の経緯解明に有意義である。並行して、パーリ語の原始仏典で最古のスッタニパータの中でも古層に属する「八つの詩句の章」「彼岸に至る道の章」を検証しているが、こちらの方はまだ有意義な一般化に到達していない。アショーカ王碑文では西部方言により多様な子音結合が残っているが、同様に北西部方言であるガンダーラ語のダンマパダおよびスッタニパータ「犀の角」、およびそのパーリ語版との比較、さらに他の北西部方言であるニヤ・プラークリット語における子音結合の変化の調査を予定している。 個別文献の研究を踏まえて、中期インド・アーリア語の子音結合の変化を概観する。分析の基盤となるのはGoldstein and Fowler (2003)など調音音韻論、Blevins (2013)など進化音韻論の音声学に基づいた理論的枠組みで、音韻現象が複数の独立した要因の相互作用により生ずるという最適性理論の知見も取り入れる。現時点で予測される結論は、中期インド・アーリア語では同化・弱化・音転換が結合した他に例をみない包括的な子音結合の変化がおこっているが、これは声や調音点の逆行同化・摩擦音の弱化・r音の音転換など、より小規模な多数の音韻過程の集積であり、一見特異な現象も一般的・自然な要因の相互作用から帰結することを明らかにしたい。
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Causes of Carryover |
計400,000円の前倒し請求をしたうち101,428円が次年度繰越になった理由は、第一に、実際に購入したパソコンが予定していたものより40,000円ほど低価格であった。第二に、書籍購入にあたって海外への発注であったため前倒し分が支払われた1月中旬以降の発注では図書受付学内締切である2月24日に間に合わない可能性があるため、発注を見送った。 繰越分はパソコンソフト(Microsoft Officeおよびウイルス対策ソフト)の購入と昨年度購入予定であった書籍購入に充てる。
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