2018 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
17K02708
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
佐藤 知己 北海道大学, 文学研究科, 教授 (40231344)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | アイヌ語 / 古文書 / 言語地理学 / 日本海沿岸地方アイヌ語方言 / アイヌ語小樽方言 / 歴史言語学 |
Outline of Annual Research Achievements |
これまで報告例が非常に少ない、北海道日本海沿岸地方のアイヌ語方言に関する資料(金沢市立玉川図書館所蔵資料、北海道大学付属図書館資料)を調査、収集することができた。また、東京大学史料編纂所所蔵の最上徳内自筆の「蝦夷草紙」稿本を調査し、18世紀後半のアイヌ語資料研究の基礎となる文字使用の実態調査を行った。また、小樽高島村で使用された、幕府の命令をアイヌ語に翻訳した申渡文の資料を分析し、使用されているアイヌ語文の推定、翻訳、方言的特徴の考察、使用されている文字の詳細な分析を行った。その結果、この資料が、これまでの研究で明らかとなっている日本海沿岸地方の方言の特徴とは大きく異なる特徴を持っている可能性が示された。これまでの研究が示す限りでは、語彙的、文法的に、日本海沿岸地方、特に小樽地方のアイヌ語方言は、一般の予想に反して、噴火湾側の胆振地方のアイヌ語方言(幌別方言など)にもっとも近似することが実証的に示されていたが、今回発見された小樽高島村のアイヌ語方言資料は、現在の美幌方言などの、北海道東部方言に最も近い語彙的特徴を示していることが判明した。この結果をどう評価するかは今後のさらなる研究が必要であるが、言語地理学的な知見を考慮すると、高島方言のような日本海沿岸地域方言が、方言分布的特徴からみて、古い特徴を保存している可能性を今後考慮する必要性が示されたと言える。さらに、ロシア科学アカデミー所蔵の千島アイヌ語資料(18世紀前半)の記載内容(罵倒語)が、日本側の最古期アイヌ語資料(18世紀前半)の特異な語彙記録に一致することを初めて実証し、国際的視野が国内の文献の学術的価値の向上に有益であることを示した。また、以上の成果を報告書、論文として発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまで研究はおおむね順調に進展していると言える。まず、日本国内のアイヌ語古記録の所蔵状況に関して着実に知見を積み重ねることができたことがあげられる。アイヌ語の歴史的研究においては、年代が古い文献を発見することが不可欠であるが、それと同時に、現代の方言には資料がない地域のアイヌ語方言の資料を蓄積することが非常に重要である。文献による言語史の研究に加えて、言語地理学的、あるいは比較方法による歴史研究の可能性が開けるからである。本研究の過程において、アイヌ語の歴史的研究において重要な意味を持つ、現代の方言資料には記録が残っていない地方の方言資料、あるいは方言資料の適正な利用にとって有益な情報を記した記録を発見したことは当初の目標の達成にとって有意義なものと言える。具体的には、これまで量が少ない状況であった18世紀前半に属すると思われる資料の蓄積、分析が進み、また、これまで未発見の、今日では失われている北海道西海岸アイヌ語方言の資料が新たに見いだされ、資料の整理、分析が進んだ点があげられる。特に、方言分布に関して新たな知見が得られ、これまでは全く不可能であったアイヌ語の歴史的発達に関する可能性が明らかになったと言える。すなわち、今日、北海道北東部方言の特徴と思われていた言語的特徴が、新たに西海岸方言の資料に見いだされることが明らかとなり、このことは、西南部方言が西海岸方言や北東部方言よりも新しい地理的分布を示しているのではないか、というアイヌ語史の重大な問題を提起するものである。また、研究の過程において、日本側の古記録をロシア側の古記録と相互に参照することにより、互いの記述の正しさを確認し、誤写や誤記による取り扱いの難しさを克服して、単独の研究では不可能であった歴史的なより深い推論への道筋を開いたことが理由としてあげられる。
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Strategy for Future Research Activity |
江戸時代のアイヌ語資料の所蔵先として有望だが未調査の地点の調査をさらに継続して進め(茨城県、福島県などの関東以北の図書館、文書館の文献調査)、さらなる新資料の発見に努めることが必要である。これらの地域にはアイヌ語資料が少なからず存在することが、すでにわかっているので、それらを収集、分析し、これまでの分析結果と併せてさらに考察を進める予定である。なお、同時に、既に所在が判明し、撮影して収集が完了している重要資料(石狩川河口地方方言資料、18世紀前半、17世紀後半に属する可能性があるアイヌ語古文献の最古期に属する資料など)の分析、調査を継続して進めることも予定している。さらに、ほとんど、アイヌ語文献についての調査研究が行われていないと思われるが、歴史的経緯から考えて、アイヌ語古文献がまだ存している可能性が高い地方(江戸時代の北海道からの廻船航路上にある京都府北部、鳥取県、島根県などの図書館、文書館)の調査を加えて、研究資料のさらなる充実を図る予定である。歴史的な分析の実際の作業としては、現代の資料が比較的多くある方言資料と、江戸時代の同じ地域の方言資料を比較し、文献学な観点から歴史的考察を進めると同時に、未発見の方言資料の発見分析に努めて、方言比較による考察も進める。以上の調査結果と、これまでの歴史言語学的な知見とを比較対照して、アイヌ語の歴史的変化についてこれまでに得られた様々な知見を再検討し、現段階での到達点を明らかにする。
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Causes of Carryover |
研究遂行上必要な諸経費をほぼ予定通り使用したが、現実には実際の経費の間でずれが生じ、未使用額が生じたもので、今年度の主要経費である旅費、文献複写経費に充当する計画である。
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Research Products
(2 results)