2020 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
17K02708
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
佐藤 知己 北海道大学, 文学研究院, 教授 (40231344)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | アイヌ語古文献 / 変体仮名 / 松前嶋郷帳 / 蝦夷記 / 音韻規則 / 転成 / 所有構造 / 位置名詞 |
Outline of Annual Research Achievements |
アイヌ語の最古期の仮名表記の原則を明らかにする作業は、佐藤知己(2018)「アイヌ語古文献における仮名の用法―日本語とアイヌ語とで表記上の差は存在するか」『北海道大学文学研究科紀要』154: 71-99. で一応の結果が得られている。今年度はこれまでの分析結果に基づいて、まず、「蝦夷記(蝦夷詞巻」(山形県酒田市立光丘文庫蔵)[1795年]のアイヌ語テキスト資料を分析した。形式、内容から、この書は複数の異なる資料を一冊に合本したもので、成立年代は1795年と新しいものの、その中にはより古い時代の資料が含まれている可能性があることが推測された。分析の結果、アイヌ語テキスト部分の表記の特色は、最古期(1700年代前半頃)のアイヌ語文献の表記と基本的に一致することが明らかとなり、推測が裏付けられた。また、アイヌ語資料そのものとは言えないが、1716年書写のものと思われるアイヌ語地名資料「松前嶋郷帳」(北構保男博士旧蔵)を分析した結果、やはり基本的な仮名表記の特色が他の古いアイヌ語資料の仮名表記と一致することが判明し、これまでの研究結果が補強された。その他、アイヌ語の古文献資料の分析の基礎となる、現在のアイヌ語の音韻に関する研究として、音韻規則の最適性理論による分析を行った。また、現在のアイヌ語の文法に関する研究として、動詞価と名詞への転成可能性に関する研究、所有構造の従属部の限定性の原因に関する研究、位置名詞 or に関する研究を行い、古文献研究において有用となるアイヌ語の言語的特徴を明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
新型コロナウイルス感染症の影響で出張が困難となり、新たな古文献資料の直接調査、収集ができないという思いがけない事態のなかで、研究の続行も一時危ぶまれる事態となったが、新たな資料の発掘、収集に関わる労力を、これまで収集してあって、徹底的な文献学的分析を行っていなかった資料の分析にふりむけることにより、これまでの研究結果の補強と、今後の研究のまとめの方向性を明らかにできたので結果的に研究を良い方向へ進展させることができていると考える。すなわち、研究期間中盤までに明らかにした最古期アイヌ語文献(1700年代前半まで。「松前ノ言」(1625-1645)、「犾言葉」(1704))の変体仮名の用法の特色を手がかりに、これまで単語以外にはほとんど資料がなかった最古期のアイヌ語のテキスト資料(「蝦夷詞巻」(1795))を突き止め、古い時代のアイヌ語の特色をこれまで以上に文法を含む多方面にわたって追求できる可能性を開いたこと、また、資料の空白を埋める新しい資料として「松前嶋郷帳」(1716)が新たな手がかりとなることを変体仮名の用法から明らかにできたことによる。これまでの研究により、アイヌ語の古文献を分析する手順が一応、確立され、その方法を新たな資料である「松前嶋郷帳」の古い写本に適用することにより、これまでの文字資料の整理・分析方法がやはり有用であることを示せたことも大きいと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
新型コロナウイルス感染症の流行動向が予断を許さないことを考慮すると、新たな資料の収集を安易に目標に掲げることは得策でないと考える。その代わり、実行可能な三つの方向性を立て、着実に実行することを推進方策としたい。具体的には、1. アイヌ語古文献の研究を語彙に基づく発音、意味中心の研究から、現在までのところ、より古い層に属する可能性が高いことが明らかとなったテキスト研究にも及ぼし、仮説的であっても、より古い時代のアイヌ語の文法構造を明らかにする。2. これまで収集した古文献のうち、重要性が高いと思われるものの分析を続け結果を公表する。3. 特に、アイヌ語資料が乏しい地方(特に日本海沿岸部地方)の古記録と思われる資料の分析を優先して行い、結果を公表する、ということが考えられる。また、新たな対象に向かうばかりではなく、これまでに得られている結果を総合して全体的な傾向をまとめて、今後の研究の基礎となる知見を容易に概観できるようにすることも必要であると考える。なお、今年度は研究のみで、論文としてまとめる、というまでには至らなかったが、ロシア所在の千島方言資料の分析において、アイヌ語古文献資料がしばしば有用であることが明らかとなったので、事例報告だけでもまとめて、今後の研究の指針を示したいと考えている。特に、一般常識的には、千島方言と地理的にかけ離れた日本海沿岸地方のアイヌ語古文献の中に、千島方言と一致する形式がしばしば見られることが明らかとなっており、その立証や歴史的解釈が今後、重要な課題の一つとなると考えられるからである。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染症の発生、拡大という想定外の事態が続いたため、各地の資料所蔵期間を訪問して調査することが結果的に全く不可能となったため、主に旅費にあたる部分の支出が減少したため。
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Research Products
(6 results)