2018 Fiscal Year Research-status Report
「する」型・「なる」型表現類型に関するルクセンブルク語と他の西欧諸語との対照研究
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17K02723
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Research Institution | Aichi University of Education |
Principal Investigator |
田村 建一 愛知教育大学, 教育学部, 教授 (90179896)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | ルクセンブルク語 / 表現の対照 / する型・なる型 / 知覚構文 / 無生物主語他動表現 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究1年目にあたる平成29年度に、『星の王子さま』の原文とその翻訳版を用いてヨーロッパ諸語における知覚構文を比較し、ルクセンブルク語とロシア語がこの構文を回避する傾向が強いことを口頭発表の形で公表したが、2年目の平成30年度には、その際に使用したデータに、新たに刊行されたルクセンブルク語訳とオランダ語訳を加え、さらに無生物主語他動表現に関する分析の結果も扱った研究の成果をドイツ語でまとめ、愛知教育大学の紀要に論文として公表した。比較された言語は、フランス語、英語、ドイツ語、ルクセンブルク語(2種類)、ポルトガル語、オランダ語、ロシア語、それに日本語(9種類)の計8言語である。 この論文では、知覚構文の使用と無生物主語他動表現の使用は、オランダ語訳を除き、かなり強い相関関係にあり、「する型」言語においてはこれら両者ともに使用頻度が高く、「なる型」言語ではどちらも使用頻度が低いことを明らかにした。ただし、二つのルクセンブルク語訳の場合は、一方(Braun訳)が、他の文学作品においても見られるように、「なる型」表現を使用するのに対し、もう一方の新訳(Roth訳)が「する型」表現を使用するという反対の傾向が見られた。Roth訳は、読者にルクセンブルク語学習者を想定して原文に忠実な表現を心掛けたことを翻訳者自身が表明していることから、ルクセンブルク語の特徴を反映するものなのかどうか、確認が必要である。 知覚構文と無生物主語他動表現に関する原文とルクセンブルク語訳の対照研究として、平成30年度には新たに『グリム童話』とシェークスピア『マクベス』の分析も進めたが、まだその成果をまとめるまでに至っていない。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、文学作品の原文とその翻訳版の分析を通して、一般に「する型」表現を多く用いる西ヨーロッパ諸語とは対比的に、ルクセンブルク語が「なる型」表現を用いる傾向が強いことを証明し、その理由について考察することを目的とするものであるが、同じ原文でも翻訳者によって別の表現タイプを採用することが可能でもあるため、できるだけ多くの作品を対象とする必要がある。これまで『星の王子さま』や『不思議の国のアリス』を始めとして数作品の分析を終え、あるいは途中まで進めているが、その中でまずは『星の王子さま』の分析結果をドイツ語による論文として公表した。 表現類型における「する型・なる型」という概念は、英語を始めとする西ヨーロッパ型の言語とは対極的な特徴をもつ日本語を介してこそ生まれたものであり、欧米の言語学に対する日本からの貢献のひとつと言える。本研究の成果の一部として、ルクセンブルク語が他の西ヨーロッパ諸語とは異なるタイプの表現を用いる傾向があることをドイツ語で公表したことは、欧米の研究者には気づかれにくい言語特徴の対照研究の日本からの発信として意義があると考えられる。 また、本研究の目的の中心ではないが、分析対象にロシア語も含めることにより、データに限りはあるものの、ロシア語もまたルクセンブルク語と同様、「なる型」表現を使用する傾向が強い可能性があることが明らかになった。今後、どのような内容の文が「する型」から「なる型」の表現に翻訳されるのかを探る際に、ルクセンブルク語、日本語と並び、ロシア語の事例を加えることで、考察を深めることができると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの研究から、『グリム童話』や『くまのプーさん』など、西ヨーロッパ諸語の文学作品であっても知覚構文がわずかしか見られないものもあることがわかった。今後は無生物主語他動表現の対照に重点を移したいと考える。 無生物主語他動表現は、「なる型」言語の代表格である日本語においてもつねに不自然というわけではない。実際、小島俊明訳の『星の王子さま』(フランス語学習者向けの日仏対訳版)では、他の日本語訳とは異なり、非常に多くの無生物主語他動表現が用いられているが、その訳文から特に違和感を得るわけではない。このように、どの言語でも可能な表現の幅がある程度存在することを前提に研究を進めることになるため、ジャンルや読者層を異にする様々な作品を分析し、全体としての傾向を探ることが必要となる。 最終年度となる平成31年度は、『不思議の国のアリス』と『マクベス』のほか、前年度に予定しながら分析に着手できなかった『アンネの日記』、さらに新たに『ゴドーを待ちながら』も対象に加えて、無生物主語他動表現のルクセンブルク語版での訳し方を分析し、ドイツ語論文として公表する予定である。 また、作品分析と並び、ルクセンブルクで現地調査を実施し、作家や研究者たちから、本研究で提唱しているルクセンブルク語作品に見られる「なる型」表現への指向についてのコメントをもらい、また自身がルクセンブルク語で執筆する際の表現上の意識について、通言語的に無生物主語他動表現を採りやすいとされている情意表現(例えば「苛立たせる」)などの具体例を挙げて訊きたいと考える。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じたのは、本年度に予定されていたルクセンブルクでの現地調査を実施できなかったためであるが、その理由としては、調査時期として適当と考えていた9月下旬に日本独文学会秋季研究発表会(会場は名古屋大学)が行われ、その実行委員として準備作業に従事したことが挙げられる。その後、渡航の予定を後期授業期間終了後に変更しようとしたが、入試委員の業務に追われて実施ができなかった。次年度は、9月後半に一昨年よりもやや長めの2~3週間ほど現地に滞在し、本年度にできなかった作家や翻訳家、文学研究者たちに対するインタビュー調査を実施するとともに、ルクセンブルク語が標準化される前の、20世紀前半までの文学作品も調査し、必要な場合、複写した資料を収集するつもりである。このための旅費、謝礼費、資料収集の経費として50~60万円を使用する予定である。 また、本研究の中心は、文学作品の中の表現分析にあるので、次年度もこの数年の間にルクセンブルクで刊行された文学作品、および翻訳作品の場合はその原文にあたる著書を購入するための経費にも交付金を使用する。さらに、次年度前半までの作品分析に基づく研究成果を、10月に東京で開催される日本独文学会で口頭発表する予定であり、国内旅費として使用する。
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