2018 Fiscal Year Research-status Report
近世東北の写本辞書に見える地域性の諸相に関する研究
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17K02782
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Research Institution | Prefectural University of Kumamoto |
Principal Investigator |
米谷 隆史 熊本県立大学, 文学部, 教授 (60273554)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 辞書 / 東北方言 / 所童早合点 / 雑補弁略銘記 / 烏帽子於也 |
Outline of Annual Research Achievements |
岩手県立図書館・都南歴史民俗資料館(盛岡市)・洋野町立種市図書館・北上市立中央図書館・花巻市博物館・えさし郷土文化館・大館市立栗盛記念図書館・秋田県立図書館・久米島博物館等における文献資料調査や聞き取り調査を行い、主に下記の成果と考察結果を得た。 ①岩手県立図書館所蔵の『谷の下水』と『俗言集』の2点の書誌調査と撮影を実施した。いずれも近世盛岡周辺の方言記述を含む書物で、活字翻刻が備わるが、特に後者は翻字方針がやや不明確で、濁点の位置などは原本画像に付くべきである。また、星川里夕が『所童早合点』(岩手県立図書館蔵)を編纂したとされる都南町に伝来する分類体の語彙集『字尽』(仮題)に、「足駄(アスタ)」や「長持(ナガモツ)」のような仮名表記例が目立つことが確認され、『所童早合点』編纂の背景となった文字社会の実態がより鮮明になった。なお、『所童早合点』が「世に--といふ」として掲出する方言語形は多く『物類称呼』や近世岩手の方言資料として知られる『谷の下水』に言及が見えるものの、同書によって近世期の使用がはじめて確定される語も存することが確認された。 ②東北各地に、往来物に連続する写本の字尽類が多数現存することが明らかとなった。多くは小規模なものであるが、訛形だけでなく、地域の植物名や信仰の背景等が反映されているものがあり、その地域性の評価には多用な観点が必要となろう。 ③久米島博物館蔵の沖縄節用集と称される辞書の一伝本には、「船」に対する付訓「ホネ」・「威」に対する付訓「ウドシ」のようなウ段-オ段表記の揺れや、「擔」に対する付訓「カダグ」のような和語の語中カ・タ行音への濁点が多数見られる。九州では地域言語の訛形をこれほど反映する近世の写本の常用辞書は見いだしがたいことから、東北の写本辞書における訛形の反映水準を西に求めるとするならば、九州ではなく、琉球が相当するという見方がありうる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
①所属学部教員の異動等によって、文献調査出張を予定していた曜日にも授業を担当することとなった。そのため、各収蔵機関との調査日程のすり合わせが不調に終わる事態が生じた。特に、三島町での調査を実施できなかったことで、『雑補弁略銘記』(三島町山ノ内家蔵)の編纂資料とされたと考えられる地誌文献の確認に着手することができなくなった。 ②『所童早合点』の岩手県立図書館本は2017年度の調査で近代の転写本であることが明らかとなっていた。かつて原本が収蔵されていた宮崎文庫の蔵書を受け継ぐ機関において探索を継続したが、原本を再発見するに至らなかった。そのため、字形が曖昧な場合がある転写本に拠る分析を余儀なくされた。 ③『烏帽子於也』のイロハ分類部分(一般語彙所収部分)については、当初の予想に反して所収語の共通性の高い辞書の特定が進まなかった。 ④上記のような全体的な研究の遅れにより、口頭発表の実施や論考の執筆に遅延を生じた。
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Strategy for Future Research Activity |
①『雑補弁略銘記』については、早急に会津地域での文献調査日程を調整し、特に地誌関係の記述の典拠調査を進める。また、各意義分類に多数掲出される同訓異字群は、2018年度の調査で、版本の倭玉篇を参照することで相当の割合が網羅されることが明らかとなったが、掲出順の点ではやや一致度が低い。写本の字書類を含めた比較検討を改めて実施する。その他、意味分類の様式が似る『和爾雅』等の類書も視野に入れて、編纂資料の特定に努める。 ②『所童早合点』については、編纂資料の特定に継続して努めるとともに、方言語彙や訛形が見出語の付訓に見られる場合と、割書に「世に--といふ」として示される場合とで相違が存するのかを明らかにしていく。また、2018年度に撮影を行った都南町周辺の字尽・往来物に見える方言語彙や訛形との比較を進める。 ③『烏帽子於也』については、画像の参照が可能な各伝本の基本的な書誌と本文形態の概要を整理し、解題の作成を進める。また、典拠調査の範囲を、節用集だけでなく往来物付帯の語彙集等にも広げて、特定に努める。 ④研究構想当初の主要な分析対象であった『雑補弁略銘記』『所童早合点』『烏帽子於也』に関する調査を進める中で、この3本以外にも多数の写本辞書・字尽の存在が東北地方で確認されるに至っている。相互の位置づけの相対化のために、2019年度も典籍目録が完備している米沢・八戸等で未見の辞書・字尽類の閲覧調査と撮影を行う。 ⑤上記の成果を反映した口頭発表、及び、論文の執筆を行う。
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Causes of Carryover |
所属学部教員の異動等によって、文献調査出張を予定していた曜日にも授業を担当することとなった。そのため、『雑補弁略銘記』の編纂地域である福島県三島町の収蔵機関との調査日程のすり合わせが不調に終わる事態が生じた。また、『烏帽子於也』については、編纂資料の特定が難航し、現地調査で確認すべき観点を十分に絞り込むことができず、編纂地である角館周辺の調査が未実施に終わった。次年度に繰り越す使用額は、ほぼこの2回の調査旅費に相当するものである。 三島町の調査は、本年度前半期(6月)に第1回目を実施できるよう調整済である。また、角館における調査も、見通しがつきつつある伝本解題完成にかかる課題解決を優先し、旧蔵者の事績確認等を中心とする現地調査の実施を早急に計画したい。
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