2017 Fiscal Year Research-status Report
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17K03096
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Research Institution | Tokyo Institute of Technology |
Principal Investigator |
山室 恭子 東京工業大学, 工学院, 教授 (00158239)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
小笠原 浩太 千葉大学, 大学院社会科学研究院, 特任助教 (00733544)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 江戸 / 災害 / 数量分析 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は都市江戸が火災・水害・地震・疫病など、もろもろの災害から、どのように民を守ろうとしたのかについて、〈減災〉という新しい概念を導入し、さらに客観評価が可能な数量分析の手法を用いて位置づけ直すことを目的とするものである。 計画初年度の2017年度は、江戸でいちばん頻発していた火災に焦点をあてて、数量分析をおこなった。火事と喧嘩は……と言い習わされるように、江戸の災害とと言えばまず火事であり、振袖火事に八百屋お七、勅額火事に目黒行人坂と、大火の記録がずらりと並び、小火も含めれば、江戸中でのべつ無秩序に火事が燃え盛っていたかのような印象で、世界でも類がない火災都市と、研究史上でもたいへん不名誉な評され方をされている。 果たしてそうなのか。言い習わしや予断にとらわれず、データを集めて数値解析してみると、これら火災の発生には一定の法則性が潜んでいることが分かってくる。 『武江年表』全3巻に掲載された江戸の火事記録を全て拾い上げると、慶長から明治初頭に至る総計923件のデータを得る。それぞれについて出火時刻や類焼規模、類焼した町名など記載されている限りの情報をデータベース化し、解析することによって、出火時刻は子の刻、丑の刻と町が寝静まった夜半に突出して多い、火事発生の季節はおおむね冬に集中し、ときどき春先にも発生、風向きは北および北西の風に煽られての延焼が全体の7割を占める、といった火事に関わる具体的な諸データを得ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
都市江戸の減災システム、というテーマについて、まずもっとも資料や事例が豊富な火災から着手した。そのなかでも『武江年表』という、江戸の一時期だけでなく、江戸の草創期から明治初頭までと江戸時代全体を通時的にカバーしている資料に着目した。諸記録のつぎはぎではなく、「同じ記録者の目」での記録を採用することによって、通史的な記述の一貫性を(もちろん、一定程度にとどまりはするが)担保しようと考えたのである。 この着眼によって、個別の顕著な火災にフォーカスするのではなく、全体を統計的に俯瞰することが可能になり、従来とは異なる視角での分析が可能となった。出火時刻の偏り、季節や風向きの傾向など、江戸の火事に通底する特徴をあぶり出すことができるようになったのである。 さらに手数をかけて、延焼した町を切絵図上で整理してみると、より豊かな知見が得られる。日本橋地区を例に、延焼町名1069回分を拾い上げて、切絵図を区切ったグリッドごとに割り付け、各グリッドに存在する町の数で割って火災発生のリスクを算出するという作業をしてみた。いわば江戸版ハザードマップの作成といったところである。およそ200年に何回焼けるかの目安で算定すると、隣接するグリッド同士でも2倍から4倍もの危険度の相違があり、火事に遭いやすい町と遭いにくい町の差が歴然と存在したことが分かってきた。 こうして数量データ化したことによって、江戸の火災全体をトータルでとらえる道が開かれた。おおむね順調に進展、と判断するゆえんである。
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Strategy for Future Research Activity |
上記のように、江戸の火災についてトータルにとらえることで、いくつもの新知見が得られる道が見えてきたので、計画2年度の2018年度においては、ひきつづき火災分析に注力する。 特に隣接している地域どうしであっても、火事の発生確率が何倍も異なるという分析結果は重要と考える。これほど大きな確率の差があるならば、記録に長けた江戸後期、各町に暮らす人々は、おのが町の危険度をかなり正確に察知していたと推察することができる。 察知していたのであれば、必ずやその情報に基づいて、減災の工夫をしていたはずである。たとえば材木のような可燃性で、かつ非常時に持ち出し困難な財を扱う商いは火災危険度の高い町への立地を避けるであろう。逆に薬種問屋のような、火災発生時に速やかに持ち出すことの可能な軽くて高価な財を扱う業態であれば、火災危険度が高くても臆せずに出店したであろう。 すでに研究代表者には、江戸の商業の業態分布をミクロに分析した実績がある(『大江戸商い白書』、2014-16年度科研成果)。そこで積み上げたデータを援用し、江戸の地域ごとの火災危険度と業態分布を組み合わせての分析を開始する。 江戸の人びとは、火災の危険度をかなりの程度まで正確に予測することができており、それぞれの町の火災特性に適応した業態をとるという減災行動をとっていたのではないか。この仮説を検証するのが2018年度の目標である。よって江戸の商家の地区ごとのミクロな分布を調査してハザードマップと照合し、江戸に暮らした人びとの〈減災〉の営為をあぶり出すことを試みる。
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Causes of Carryover |
年度末の学生謝金および論文の英文校正の使用予定額について、10000円ほどの残金が生じた。次年度のデータベース作成費等に充当する予定である。
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Research Products
(11 results)