2018 Fiscal Year Research-status Report
戦後における柳田民俗学の組織的再編に関する基礎的研究 1945~1949
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17K03109
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
鶴見 太郎 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (80288696)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 民間伝承の会 / 柳田国男 / 民俗 / 郷土 |
Outline of Annual Research Achievements |
戦後からの数年間における柳田民俗学を考える上で、とりわけ画期となるのが、「民間伝承の会」の日本民俗学会への改組である。この組織的再編の背後にあって、柳田が直面した問題としてGHQによる戦後改革を念頭に考察をすすめた。 生活改善、民間の幸福増進という課題を民俗学に据え、生活とは過去からの蓄積と、ゆっくりとした変遷を重ねるものと捉える柳田にとって、外部からの強い指令に基づくGHQの改革とは、慎重に構えるべき対象と映った。それはかつて、神社合祀に代表される明治期の大字解体に対して柳田がとった態度と同一線上にあるといえる。 とりわけ農地改革と神道政策は、官僚時代を含んで取り組んだ問題であるだけに、柳田は自分なりに意思表示を行っている。前者は一九四六年七月、靖国神社文化講座で行った連続講演「氏神と氏子」である。この中で柳田は、氏神が氏ごとにひとつずつある小さな社と、家同士が「合同」してひとつの氏神を祭るようになった二つの形態を指摘し、先祖を祭る様式が時代とともに弛緩した結果、氏子と氏神の関係に疎隔が生じ、合祀を容易にした点を強調した。この叙述は、民間の氏神信仰への理解を欠いたまま、行われる神道政策に対し懸念を表明したものと捉えられる。また、農地改革については、柳田が戦後、一九一〇年に刊行した自らの農政論集『時代ト農政』を復刊したことは、自立した自営農民(中農)の形成という政策目標が、GHQ改革による自作農の創出に対し、いまだ有効性を失っていないという主張として受け止められる。 戦後間もない時期の著述活動において柳田はつとめて民俗学の実践性を強調するが、その背後に、内省をふくむ民間からの改革に期待する柳田を読み取ることができる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
柳田民俗学の組織化の動態を見る上で、まずこ戦後における「民間伝承の会」の人的基盤を確認することを基礎に据えた。また、その参照点となる資料として、一九三五年の「日本民俗学講習会」出席者リストを吟味し、それを府県別にまとめた。これと併行して『郷土研究』、『民族』など、これまで柳田国男が主宰した雑誌をもとに作成した購読者のリストを府県別にまとめ、これと比較を随時行っている。また、必要に応じて柳田が関わらなかった『民俗学』についても、同様の作業を行う予定である。 今後、この作業で敗戦直後における「民間伝承の会」会員の動態把握が必要となるが、一九四三年度の新入会員を最後に同会の組織化を示す資料が乏しくなるため、敗戦を挟んだ数年間をどう把握するかが課題となる。 戦時下に飛躍的な組織拡大を遂げた柳田民俗学が戦後、学会化することによって、隣接する既存の学問領域に伍して九学会連合の共同調査を展開するなど、篤実な学術的成果を挙げるようになった反面、それまでのアマチュア的な要素を次第に消失し、会の性格も改変を迫られた点を検証の目標に据えるが、そこに地方に対する柳田の影響力の在り方もまた、変容したことを念頭に置きながら作業を継続する。
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Strategy for Future Research Activity |
占領期における柳田の文章・発言について同時期の論壇の動向にも注意しながら考察を進める。特に戦後間もない時期、柳田が復刊した数冊の著作の中に『時代ト農政』が入っていることは、柳田が農政官僚時代に著した農政論が占領下にあっていまだ有効性を失っていないという意志表示を確認する上で重要であり、戦後における柳田の思想的位相をみる参照点と考えている。 これに付随して、1947年設立の民俗学研究所の活動について、考察をすすめる。同研究所の設立を以て一〇年以上続いてきた民俗談話会「木曜会」が解消されたことは、そこに人物構成、研究視座、地方研究者とのネットワークなどにおける改編があったとみるべきで、そこに戦前戦中とは異なる柳田民俗学の組織上の変化があると想定して作業を継続する。これと併行して、戦後の数年間、柳田は初等・中等教育の社会科について、生活の変遷を基調とする郷土研究の視点を導入した教科書作りに意を注ぐが、その影響の及んだ範囲を考慮に置く。 また、外的な環境として戦後流入する欧米人類学の成果について、柳田はその内容を理解したうえでなおかつその視点・方法導入に慎重な姿勢を崩さなかったが、石田英一郎に代表される民俗学を文化人類学の一部と捉え直す主張はすでにこの頃伏在しており、石田の提案がやがて五〇年代に入って民俗学研究所解散の契機となることを考えれば、この時期、柳田は水面下で民俗学の在り方をめぐる葛藤を抱えており、その点も射程に取り込んで検証を行う予定である。 以上の考察のうち、まとまった部分については、現在進行中である柳田国男の評伝(2019年9月に刊行予定)で戦後を扱った第7章、ならびに第8章に反映させる予定である。
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Research Products
(1 results)