2020 Fiscal Year Research-status Report
Tamain and History: 'Local History' by Pre-modern Societies in the Ayeyarwady River Basin
Project/Area Number |
17K03150
|
Research Institution | Aichi University |
Principal Investigator |
伊東 利勝 愛知大学, 公私立大学の部局等, 研究員 (60148228)
|
Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
|
Keywords | 縁起 / 歴史 / 「民族」 / ナショナリズム / 社会科学 / 地方文書 / データベース化 |
Outline of Annual Research Achievements |
前年,旧MS_DOSで作成・公開していた,縁起内容の検討に不可欠の地方文書データベースをユニコード(Myanmar Text)化し,地名,人名,官職名などの横断検索を可能にしたが,再公開するにあたり解題部分(ビルマ文)の校訂を進めた。 並行して,前年のダンマゼーディー王に続き,ニャウンヤン時代から現代にかけて,それぞれの時期の主要人物が,同時代の年代記および20世紀後半の独立期以後に書かれた内外の歴史書でどのように描かれているかについて検討した。 年代記等では,すべては縁によって存在するという縁起の手法で人物像が描き出されたが,植民地期以降になると,ナショナリズムが社会科学によって構成された関係上,英雄は社会構造に規定される因果関係によって説明されるようになる。そして王国時代の人物は,植民地期における農民反乱やナショナリズム,そして国民国家の形成さらには民間医療の施術に関連して呼び起され,それぞれの政治運動や施策,施術を正統化するために利用される。ただ千年王国運動的農民反乱の場合,植民地下であってもその思想の核が民間医療や信仰世界のなかで形成されたこともあり,「未来王」とされた指導者は縁起の手法で正統化された。 縁起は二者間の関係の連鎖で描かれるので,「人種」も連続する関係のなかで理解された。これに対し,植民地期以降は経済体制の変化に対応し,上座仏教的世界観の相対化が進み,国民国家の建設が進められると,進化論的思考によって新たな境界が持ち込まれるようになる。そして「人種」それぞれが「民族」による一元的支配を拒否して,文化や人権という概念で独自性や尊厳を主張しはじめる。こうして「未来王」の時代にとなえられた「在来の民」理解に亀裂がうまれ,「ミャンマー史」すなわち「ビルマ人の歴史」が構築されていくことの一端を明らかにした。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
Myanmar Text化した地方文書の目録校閲作業は,ミャンマー在住の歴史研究者と共同で取り組んでいるが,全28,998件のうち,技術的問題もあって,現在までその20%程度が完了したのみである。 ラカイン縁起については,これまで検討した12件の文書にできるかぎり未見の異本を加え,その編年やプロット,モチーフを比較することにより,相互の関係を検討し,それぞれが成立したおおまかな年代の確定が残されている。 また「モン」年代記については,そもそも「モン族」のための年代記という観念がなかったことが判明している。これが「モン」に関連するとされているミョウ(城市)や仏塔に関する縁起(タマイン)についても同様か否かの検討が必要である。 ラカイン史については,一部年代記に編纂過程おいて王国中央政府や植民地官吏が関与したこともあり,コンバウン国王につながる過去,もしくはラカイン人の歴史という意味付けがなされるようになったことをこれまで確認しているが,同様の事情がミャンマー中央部(タウンドゥインヂーを取り上げる)の縁起についても認められるかの検討が残されている。 以上により,民族を主題とする歴史叙述は,植民地支配者の手によってはじめられ,これがナショナリストに受け入れられ,地方の年代記やタマインの内容が換骨奪胎されて,過去についての記憶が,国民国家の成立と社会科学の方法により意味づけられていく様を明らかにしなければならない。
|
Strategy for Future Research Activity |
前年度果たし得なかった,Myanmar Text化した地方文書の目録校閲作業を続ける。また同じく前年度の課題であった,現在地方都市となっているタウンドゥインヂー・ミョウ城市の縁起に関する,植民地化以前に成立した異本を,現地調査によりできるだけ多く収集し,それぞれの成立年,編年の方法やプロット,その土地や住民を他と差異化する際に使用する言葉を吟味する。そして地方における縁起の作成が如何なる意識の反映であったのかについて明らかしていく。 またラカイン年代記関係については,現在その所在が確認されている貝葉本の点検を,現地調査によっておこなう。そして縁起(年代記)が成立するについて,それは仏教的意図によるものなのか,それとも王権強化という政治的意図があったのか解明していく。 さらに「モン」年代記については,とりわけ大英図書館に所蔵されている,19世紀前半に成立したAthwa僧正の手になるビルマ語による「ペグーのタライン史」の内容と,これまで考察してきた『モン年代記』が如何なる関係にあるのかを検討し,テキスト化について植民地官吏の関与に注意しつつ,「モン」年代記が王統史とは異なる意図で作成された かどうかを確定する。 以上により,これまでの調査結果を総合し,前近代にエーヤーワディー流域地方で成立した縁起によって,後代の修史を照射することにより,縁起が民族をアクターとするナショナルヒストリーに組み変えられ,地方史あるいはエスニックグループの歴史として,取り込まれ読みかえられていく過程を,それぞれタウンドゥインヂー,ラカイン,「モン」について明らかにし,これを成果として発表する。また各種縁起貝葉本および地方文書のデータベースは,Web上での公開を目指す。
|
Causes of Carryover |
コロナ禍やミャンマー国軍のクーデタもあって,ラカイン年代記関係についてミャンマー国のムラウー市とタトーン市での関係貝葉本の調査,またモン年代記関係で,イギリスの大英図書館所蔵の文書の調査,およびビルマ関係でタウンドゥインヂー・ミョウ縁起本の現地調査が不可能となった。 今後はこれら2国3ヵ所の現地調査を実施し,関連史料の収集・検討につとめ,あわせて年代記・地方史関係貝葉文書データベースのさらなる充実をはかる予定であるが,もし渡航が不可能な場合は,早い段階で関係機関に原本のデジタル化を可能なかぎり依頼する。またいまだマイクロ化されたままで,整理がなされていない地方文書の中から,当該地方の仏塔縁起や「調書(シッターン)」に記されている当該ミョウ(城市)やユワー(村)の「歴史」を取り出し,これと現在利用可能な縁起(タマイン)と比較をおこない,縁起と歴史の間に連続ではなく,断絶があることを明らかにする。
|
Research Products
(1 results)