2019 Fiscal Year Research-status Report
アメリカにおける映画をめぐる文化現象と憲法:映画検閲から文化芸術助成まで
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17K03367
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Research Institution | Musashino Art University |
Principal Investigator |
志田 陽子 武蔵野美術大学, 造形学部, 教授 (20328941)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 映画 / 文化芸術 / 憲法 / 表現の自由 / 検閲 / あいちトリエンナーレ / 芸術の自由 |
Outline of Annual Research Achievements |
本課題は、主にアメリカを考察対象として、映画表現というジャンルが特殊に規制の対象となったり政策的関心の対象となったりしたことについて、その経緯を考察するとともに、そこから《文化芸術政策にかかわる憲法論》へと精錬させるべき知見を探ることを目的としている。 2019年度中は、引き続き、映画を中心とした文化芸術に対して、国家がどのような関心を示してきたか、このことに「法」がどのようにかかわってきたか(あるいは現在の人権保障の水準に照らせば救済すべき事柄を救済できずにきたか)について、文献購読を中心に考察した。その一環として、映画表現における名誉毀損の事例と法理を考察する中で、近年の日本の名誉毀損法理に見られる変化が学術・芸術分野の表現に影響を及ぼす可能性があることに着目し、裁判意見書および論文を執筆した。 2019年度に特筆すべきこととして、8月以降「あいちトリエンナーレ2019」問題をきっかけとして、文化芸術と法(憲法、文化芸術基本法、「芸術の自由」の概念など)との関係に注目が集まった。これを受けた講演・原稿依頼に応えることを、研究活動の一環として行った。本来は、アメリカを考察対象とする本課題を終了した後に、これによって得た知見をもとに日本の文化芸術政策と法の関係について考察することを課題としたいと考えていたが、現実社会で起きた出来事に沿って、次の課題を先取りする形で、日本の状況に関する考察を多く行うこととなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年度中は、映画表現を含む文化芸術全般について、法的考察を要する社会問題が多く起きた。 この中で、映画表現における名誉毀損、侮辱、肖像権侵害、そしてドキュメンタリーにおける出演者の期待権といった問題を整理する必要を感じたため、この分野の法理を考察することとしたが、その途中で近年の日本の名誉毀損法理に見られる変化が学術・芸術分野における成果公表(表現の自由など)に影響を及ぼす可能性があることに着目した。成果としては、歴史研究などの学術や、歴史解釈をめぐる論争のある問題を扱った映画に対して「捏造」などの倫理違反を指す言明が名誉毀損に当たるかどうかを考察した裁判意見書を提出、およびこれをもとにした論文を公表した。 また2019年度後半は、「あいちトリエンナーレ2019」や「しんゆり映画祭中止問題」問題から発生した社会的関心に応えるために本課題で収集整理しつつあった知識を応用させて公表する機会が多く、とくに公的芸術祭への公権力の内容干渉が、憲法上禁止される「検閲」となるかどうかについて、論説の発表と、英米文献の翻訳(監修)を行った。アメリカを考察対象にするという研究開始当初における本課題の関心から、成果の内容をいくぶん修正することとなったが、これは本課題のために収集した資料などから得た知見の応用である。 2020年3月以降は、感染症拡大予防のため、集会・講演を伴う行事は中止となった。本課題の昨年度の締めくくりとして準備をしていた音楽実演付きのシンポジウムも、無観客講演とした。動画記録を収録したが、編集作業や紹介文書などの作業が未完了であるため、公開は2020年度にする。 このように、当初の計画の中に遅れが出ている事項はあるが、当初の計画にはなかった研究成果が外部の依頼によって促進されたことも考えあわせ、総合的には「おおむね順調に進展している」と自己評価した。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度については、本課題の最終年度として、成果作成に注力する。具体的には、『文化芸術と法』(仮題)(弘文堂、2021年刊行予定)、『わたしたちの表現の自由――あいトリ問題から考える』(仮)(日本評論社)、『映画で学ぶ憲法』の3冊の出版企画が成立しており、これの内容形成を2020年度中に行う。 「現在までの進捗」で述べたとおり、2019年度中に起きた社会問題の大きさから、本課題も、研究費によって得た知見(インプット)をアウトプットするさいには、こうした関心に応える方向となった。結果的に、上記の図書の内容にもそうした方向性を反映し、日本国内での文化芸術への社会的関心に応答する内容を盛り込むこととなる。これはアメリカの状況を考察するという研究計画当初の内容に比べると、いくらかのズレが生じることにはなるが、研究費によって得た知見を社会に還元する道として、アウトプットの内容を社会のニーズに合わせて修正することは、あって良いと考えている。文化芸術に対する法のあり方が、「自由」の保障のみではなく「支援のあり方」という関心に広がってきていること、これに伴って生じる憲法問題を考察すること、という大きな課題枠組みは保持している。 本課題は、2020年度で区切りをつける予定だが、文化芸術に関わる法学の可能性を探るという課題は、近年わが国でますます高まっている。本課題完了後も、この方向での課題を設定し、進めたいと考えている。社会問題としては、映像表現や絵画・彫刻・漫画などの視覚表現が「名誉毀損」や「差別表現」として問題視される事例が増えていることを視野に入れたい。また、基礎的な着眼点としては、法の実効性が文化によって支えられていることを視野に置き、研究関心を持続したい。研究分野としては、引き続き、「文化芸術と法との関係」について考察することを課題としていく。
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Causes of Carryover |
旅費について。見込支出を計上していたが、2019年度はすべて招待講演、招待報告となったため、旅費の支出がゼロとなった。その分を、次年度繰り越しとした。 3月に予定していた、音楽生演奏付きの成果公開イベントについて。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、公開イベントとしては中止し、無観客講演とした。そのため、会場費以外については、当初の計画よりも支出額が少なくなった。この講演の記録は動画に収録しており、後日の公開を考えているが、編集作業等の処理が終わっていないため、次年度に作業を繰り越すこととし、これにかかる作業費用も、次年度に繰り越すこととした。
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