2019 Fiscal Year Research-status Report
職場の健康・安全についての労働契約上の予防義務の再構成
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17K03409
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
野田 進 九州大学, 法学研究院, 特任研究員 (90144419)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 職場における健康安全 / 予防義務 / フランス / 労働契約 / 安全衛生労働条件委員会 / 社会経済委員会 / 警告権 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、職場における労働者の健康・安全に関する権利義務を、労安衛法上の事業者の責務や使用者の措置義務ではなく、労働契約上の予防義務として構成することを目的とするものであった。すなわち、労働者のメンタル面での健康が特に課題となっている今日、労使が、障害の発生の前に、すなわち「川の上流」において、それを未然に防ぎ回避することを、労働契約上の予防義務として構成することが不可欠であり、このことが健康・安全の予防と危険回避を実効あらしめる。本研究は、この法理の発展を、フランス法の研究をもとに、わが国の労働契約法理において新たな展開を構築しようとするものであった。 かかる課題に接近することはできたが、この研究期間において、当のフランスの法制が大きく改革されて、研究の方向性を修正せざるを得なかった。 すなわち、労働者の健康・安全に関わる法制が、大きく改正された。すなわち、この制度をこれまで保障してきたのは、従業員50人以上の企業では1982年に設立された安全衛生労働条件委員会(CHSCT)、50人未満の企業では従業員代表委員(DP)であったが、2017年9月の労働法典改正に伴い、企業に「社会経済委員会(CSE)」の設置が義務づけられたのにともない、CHSCTは廃止されて300人以上の企業でCSEの専門部会として設置されるに留まり、DPは完全に廃止された。これにより、CHSCTやDPが担っていた、企業内における職業危険の予防対策の策定、労働者の安全と健康に対するリスク評価といった機能が、減殺され、また50人未満の企業では、労働契約上認められていた健康安全に関わる危機に対する警告権の行使も大きく後退した。これらについては、本研究の成果である、『規範の逆転-フランス労働法改革と日本』(日本評論社、2019年)で詳論している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
フランスで、法制の改革の結果生じた、CHSCTの専門部会化とDPの廃止(CSEへの吸収)は、従業員組織という側面からの、労働者の健康安全の確保システムを後退させた。50人未満の企業では、人格権、心身の健康、企業内での個人的自由への侵害に対する警告権を保障されなくなった。また、CSEの設置される50人以上の企業でも、CHSCTの廃止とCSE専門部会化により、独自の法人格も失い、独自財源ももたないことから、その活動は大きく制約されざるをえない。そのことにより、健康・安全面での問題指摘や告発の手段が失われ、権限縮小の実情が指摘されている。 本研究は、もともと従業員代表システムの活動を背景に、それが労働契約に反映される形で、労働契約上の義務として、危険作業や健康上問題のある労働について、個別労働者の「警告権」、「退却権」という実体的権利が生じうることを構想し、それらが総合して、健康障害や作業危険を未然に防ぎ、回避することを、労働契約上の予防義務として構成することを予定していた。 しかしながら、上記のように、本研究開始後の2017年9月に、マクロン・オルドナンスによって法制の改革がなされたことから、まずはこの改革の意義と射程の把握に、研究活動を傾注した。この作業自体は、フランスでの文献資料や関係者のインタビューを通じて、おおむね達成することができ、成果を公刊することができた。しかし、当初の研究構想からはやや逸れてしまう結果となった。このため、研究期間内に、当初目的を達成することができず、課題を残す結果となった。
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Strategy for Future Research Activity |
上記の現時点での状況からすると、今後の研究の推進方策は、次の点に集約される。 第1に、フランスでは、法制の改革により、職場の健康・安全の課題はCSEという従業員代表システムに収斂されることになった。しかし、新制度の完全施行は2020年1月であり、まだ改革が動き出したばかりの時期である。新制度が健康・安全の課題がどのように機能しているか、または問題を起こし得るかを確認する必要がある。予測では、大企業では問題は生じにくく、活性化していると考えられるが、中小零細企業の運営状況が問題となろう。今後とも、文献研究と共にヒアリング等を通じて、実態を把握する必要がある。 第2に、こうした制度改革が、労働契約における健康・安全の権利義務にどのように作用しているかも、考察する必要がある。このことが、ひいては日本の労働契約論の枠組みの中で、使用者の予防義務、労働者の退却権といった権利義務を、どのような形で組み込むことができるかのカギになると思われる。 第3に、これらの研究の応用として、健康・安全の課題だけでなく、職場等のハラスメントに焦点を当てることも考えている。ハラスメントの問題は、ともすれば行為者に対する懲戒処分が問題にされることが多いが、ハラスメントそのものを防止する法理論を、労働契約論の枠組みで構築することが必要である。 これらの研究成果を、引き続き大学紀要や専門誌に公表することで、研究を社会に問いたいと考える。
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Causes of Carryover |
令和2年3月19日(木)より、同年3月25日(水)まで、フランスにおいてヒアリングのための調査を予定し、在仏日本大使館およびボルドー大学に訪問予定であったところ、新型コロナウィルスによる肺炎の世界的流行により、フランス国内への入国困難と、日本への帰国困難が予想されたために、調査のための出張を断念した。 次年度使用額については、この疫病の流行が沈静化し、調査活動が可能になった際に、再度フランス国等への出張を試みたいと考えている。
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Research Products
(7 results)