2017 Fiscal Year Research-status Report
可罰性評価の再構成-制度担保を指向する二次規範論の構想
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17K03429
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
小田 直樹 神戸大学, 法学研究科, 教授 (10194557)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 刑法の本質 / 社会制度 / 二次規範性 / 法益侵害 / 刑法学の方法 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は,刑法の本質を社会制度の機能状態を担保する二次規範として捉える視座から,通説的な法益侵害説が直面している現代的な諸問題を読み直すことにより,可罰性の限界を表現する道具立ての再構成を目指している。本年度は,ひとまず,通説的な理解における「法益侵害説」が法益保護主義の下における「刑法解釈の作法」として位置づけられている現状を確認した上で,その効用と限界を具体的に示すことにより,「法益保護」の原点を個人保護に求める姿勢じたいはよいとしても,それは全法秩序に通じる論理に止まるから,利益に対する私法・公法の関わりを「制度」のレベルで読み込んで,少なくとも「侵害」評価を捉え直すべきことを主張した。 刑法は全法秩序の中で「公序」を左右しうる規範として作用するから,現に社会に根付いている「制度的なもの」を無視して,一方的に「利益」保護の形で働きかけるのでは,現実を歪める作用を及ぼしかねない(一例として,「制度」的な存在に近い「銀行」を財産犯の被害者と捉えてきた刑法学の捉え方に疑いを示しておいた。)。刑法学が自ら「社会構築」を主導するかのように論じるスタンスは,個人保護に配慮しつつ社会の発展を企図する私法・公法の構想を蔑ろにする印象を与える点で,反面で,「謙抑」の名の下に沈黙し続けることも,現代の変化に応じた要請に背を向ける点で妥当とは言い難い。昔ほど政治的な論争だけが目に付くわけではないが,刑法学が孤立化するおそれは否定し難い。そこで,本研究の目指すところが,刑法学の方法論に係わることを明示して,「現実」を踏まえるための法社会学(犯罪社会学)の知見や,私法・公法を視野に入れた法政策学(刑事政策学)の提言が融合しうる地平として,「制度的なもの」の意味を分析することが,また,そこに個人・規範・文化との連結点を見出すことが有益であろうことを確認した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
犯罪論の中に「制度」をいかに位置づけるかについて基本的な図式を描くことはできたと考える。因果的な把握が対象とする「財」の次元から,主体・帰属を加えて「利益」の次元が想定され,他者との交渉関係の地平において「権利・義務」の次元が想定される。「制度」はその上に位置する(政策的)目的に指導された規範の複合体の次元であり,個人は生身の人間としてではなく,担い手・利用者・等(地位・職責)に応じた個性をもつ活動者としてそこに関わりをもつ。そして,様々な「制度」の複合的(相補的)構造が「文化」という次元の問題になるものと考える。法益論は「利益」の次元を基礎としているが,「制度」が変われば「権利」状態が変わり「利益」評価も変わる。「権利」や「制度」の犯罪理解への影響が判るような語り方(他法域の作り出す規範的関係の読み込み方)を具体化することが当面の課題となる。 一例として,過失犯における「製造物責任」の影響や,詐欺罪における「銀行」の(位置付け方の相違に基づく)影響を指摘することで,「制度的なもの」を独自の実在として取り込めば何が変わってくるかも(未だ荒削りな説明でしかないが)一応の方向性を示した。経済犯罪の領域に参照すべき議論があることも再確認できた。もっとも,「制度」に重みを認めるスタンスの方法論的なメリットは,「制度」は「規範」の複合体として解析できるから,制度の機能侵害を媒介として,法益侵害説と規範違反説の(無益な論争を止揚して)整合的な議論の場を提示しうる点にあると考えている。ところが,<規範の複合体>の内容を具体化できておらず,未だ抽象的な議論の構造理解の指摘に止まっている。「方法論」の次元を扱えた点で計画よりも幅が広くなったものの,反面で予定していた「具体化」がやや遅れている。
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Strategy for Future Research Activity |
平成30年度は,29年度に「具体化」できなかった,「制度」の語り方を(過失犯の判例も視野に入れて)描き出すと共に,当初の計画通りに,「制度」維持に係わる問題と「制度」構造を超える問題の選り分け方を模索したい。後者の課題は,民事賠償法の領域からモデルとして解析の対象とする「制度」を選び出す計画であったが,財産犯における「銀行」の扱い方を一例として示したことの延長線上で,経済刑法における「銀行」「取引所」の扱い方や,組織犯罪対策における「企業」の扱い方をどう理解すべきかをモデルの候補として考えてみたい。 「制度」破壊者のレッテルで「社会の敵」として扱う態度には異論も多いが,「文化」的な「統合」を正義とみなす立場ならば,社会の処罰欲求がそこに及びうる点は否定し難い。「反社会的勢力」がからむ詐欺罪の理論動向はその色合いが強いと思われたが,「テロ等準備罪」を設ける政治の現実が,新たな制度化の実験を繰り返す社会の活力を削ぐことにならないか,犯罪組織と企業組織の間にどのような「線引き」ができるのか,という問題に繋がる。「反社会的勢力」というレッテルが「制度」として成り立っていた場合と異なり,仮に「テロ組織」というレッテルが個別事例毎の判断でなされてしまう構造ならば,「制度」維持の射程を超えた「敵」処罰が顕在化することになる。正に<可罰性評価の再構成>の要否が問われるべきであろう。 最終年度に「各論的な」検討に踏み込む前提として,個人の答責性を組織管轄と制度管轄から基礎付ける議論との距離を測りながら,組織化に係わる「制度」と,組織自体を主体として扱う「制度」の多重構造における「規範」の理解を整理しておくことも必要だからである。
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Causes of Carryover |
研究のキー概念となる「制度」という言葉に関わる議論を幅広く渉猟した上で,使えそうな分野の関係書籍を重点的に購入する計画であったが,様々な分野の「研究」を見ても,「抽象的」な言及ばかりが多く,「使える」議論を絞り込む作業に手間取って,予定した量の発注に至らなかった。絞り込みができていなかったため,関連資料の調査や専門的知識の提供を求める段階にも至らず,「人件費・謝金」を使う機会がなかった。今年度は,できるだけ早い段階で選書・発注を幅広く行い,繰り越し分を早期に執行すると共に,後期には,絞り込みを図った「制度」の具体的な理解を深めるために,「人件費・謝金」を使った取組ができるように進めたい。
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Research Products
(3 results)