2018 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
17K03560
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
信夫 隆司 日本大学, 法学部, 教授 (00196411)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 日米密約 / 基地権 / 奄美返還 / 小笠原返還 / 沖縄返還 / 刑事裁判権密約 / ジラード事件 / 伊江島事件 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究実績として、『米軍基地権と日米密約―奄美・小笠原・沖縄返還を通して』を刊行した。これは、本研究のテーマである「戦後日米密約の全体像と政治史的構造の解明」に即して、米軍基地権という概念を用い、基地権の物的面および人的面の二つの側面から、日米密約の全体像を明らかにしようとしたものである。 これまでの政府の見解では、日本には「基地」は存在しないこととなっている。したがって、基地を建設、運営、管理等する権限としての基地権も存在しないこととなる。しかし、アメリカ側では基地権という用語は頻繁に用いられている。アメリカ側が用いる基地権とは、日米行政協定、あるいは、その後の日米地位協定に定められた米軍の特権をはるかに超え、米軍の戦略的な必要という点から基地権がとらえられている。 基地権の物的面とは、米軍が使用する施設・区域に関する権利である。この権利は、とくに、アメリカから日本に施政権が返還される場合に問題とされてきた。そこで、『米軍基地権と日米密約』では、奄美、小笠原、沖縄の施政権返還にあたり、アメリカ側が何を望んでいたのか、さらには、密約が存在していたのかを明らかにした。 基地権の人的面とは、基地に駐留する米軍兵士等が犯罪をおかした場合、その刑事裁判権が日米どちらにあるのかという問題である。1953年に日米行政協定第17条が改定された際、日本にとって実質的に重要な事件を除き、日本政府は米軍兵士等を起訴するつもりがないとする日本政府の方針が、一方的に陳述されている。 同書では、基地権の物的面において、奄美、小笠原、沖縄返還の際に密約が存在していなかったのか、また、人的面において、刑事裁判権密約、ジラード事件、伊江島事件における密約の存在を明らかにした。これにより、密約に支えられてきた日米関係の構造的な問題の解明に資することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「戦後日米密約の全体像と政治史的構造の解明」について、『米軍基地権と日米密約』を刊行したことにより、ほぼ当初の計画どおり、研究が順調に進展している。その理由は以下のとおりである。 第一に、米軍基地権という概念を用いる重要性を明らかにすることができた。これにより、日米密約とはいかなるものであったのか、その全体像を理解しやすくなった。これまでの密約研究は、1960年に改定された日米安保条約に関連して導入された事前協議制度に関するものが主であった。それ以外の密約はほとんど解明されてこなかった。これに対し、本研究では、基地権を中心に新たな密約を明らかにした。 第二に、基地権を物的・人的というふたつに分けて、密約の構造的側面を明らかにできたことである。物的面とは基地の使用・管理にかんすることである。この問題が具体的に現れるのはアメリカから施政権が返還される場合である。そこで、1953年の奄美返還、1968年の小笠原返還、1972年の沖縄返還を取り上げ、アメリカが何を望んでいたのかを明らかにし、それが密約として顕現する状況を分析した。 第三に、基地権の人的面では、米兵等のおかした刑事事件をめぐる密約を解明した。とくに、刑事裁判権密約の場合、一方的陳述がなぜ密約を構成するのかを論証した。さらに、ジラード事件、伊江島事件を扱い、公務犯罪における「公務」とは何かを明らかにした。 第四に、密約が交わされる構造的側面を明らかにしたことである。まさに、「密約はなぜ交わされるのか」という日米政治構造の深層の重要性を指摘した。さらに、密約が支えてきた日米関係の全体像に迫ることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究を通じて、とくに、重要と思われたのは刑事裁判権密約である。これは、日米二国間の問題である。ただし、アメリカは多数の国に軍隊を派遣し、それらの国と地位協定を締結してきている。この地位協定の中で、どの国にとってももっともセンシティヴな問題となってきたのが刑事裁判権である。そこで、今後の研究の推進方策としては、この刑事裁判権問題に絞り、アメリカが他国と締結した地位協定における刑事裁判権条項を検証し、日米地位協定における刑事裁判権条項との比較を通して、今後、わが国が刑事裁判権問題に関して、いかなる対応をとることができるのかに重点を置いていきたい。とくに、つぎの点を明らかにしたい。 第一に、1959年に締結され、1963年に発効したドイツ駐留NATO軍地位補足協定と日米地位協定の刑事裁判権条項を比較することである。同補足協定では、いわゆる一般的な刑事裁判権放棄規定がおかれていることが最大の特徴である。ドイツはなぜこのような一般的な放棄規定に同意したのか。ドイツと日本とを比較しながら解明したい。 第二に、1965年に改定された米比軍事基地協定の刑事裁判権条項を検討する。1947年に締結された同協定では、アメリカ側に専属的裁判権が認められていた。同協定の改定によって、日本やオランダ並みの刑事裁判権条項となった。この交渉過程を明らかにする。 第三に、1966年に制定された米韓地位協定の刑事裁判権条項について検証する。韓国の場合、それまで、地位協定は締結されていなかった。どのような内容の刑事裁判権条項が締結されたのかを解明する。 ドイツ、フィリピン、韓国がアメリカと締結した地位協定の刑事裁判権条項を比較することによって、日本の刑事裁判権条項の改定への糸口をつかみたいと考える。
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