2019 Fiscal Year Research-status Report
フィンランドの社会福祉・医療保健制度および地方制度改革に関する総合的な研究
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17K04138
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Research Institution | Tsuru University |
Principal Investigator |
田中 里美 都留文科大学, 教養学部, 教授 (00300129)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | フィンランド / 福祉国家 / 社会福祉・医療保健制度 / 地方自治制度 |
Outline of Annual Research Achievements |
現代の先進国では、社会福祉・医療保健サービスは人びとの生活に欠かせないものとなっている。一方で、福祉国家は、その成立を支えた諸条件の喪失に直面している。現在、人々の日々の生活を支えている諸制度を、その持続可能性を確保しながら、現代の諸条件に適合的なものに改変していくことが、日本を含めた先進諸国共通の課題となっている。共通の課題を抱える各国は、福祉国家類型を越えて、改革の経験について互いに学ぶことができる。 本研究は上記の関心から、北欧型の福祉国家を形成し、住民に対する社会福祉・医療保健サービスの提供責任を、住民に身近な基礎自治体に負わせる制度を作り上げたものの、人口の高齢化、都市への集中の結果、過疎自治体と都市自治体で財政力に大きな違いが生じ、自治体が住民へのサービス提供責任を負う制度が行き詰まりを見せているフィンランドを考察の対象として、その改革の過程に注目する。 本年度は、フィンランドで、2015年に、中央党を中心とする中道右派連立政権によって着手された、社会福祉・医療保健制度および地方制度改革に関して、改革の背景、2019年1月の施行開始を目指して行われた準備過程、考案された制度の内容とその特徴、改革の顛末を中心に、以下の内容を含む論文をまとめた。 フィンランドは、国と基礎自治体からなる二層式の自治制度を運用してきた。基礎自治体の力を補強するために試みられてきた自治体合併は十分な成果は得られなかった。そこで、国と基礎自治体の間に広域自治体を設置し、これに社会福祉・医療保健サービスの提供を担わせる改革が企画された。ここではまた、一次医療に関して、民間の医療サービスへ門戸を開き、選択の自由を実現することが目指された。地方制度改革については、基礎自治体の財産等の広域自治体への移管が、また社会福祉・医療保健制度改革については、民間利用の手法が問題となり、改革は頓挫した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究は、フィンランドの社会福祉・医療保健制度および地方制度改革を考察の対象とし、新制度への切り替えのタイミングとされた2019年1月1日を挟む前後2年、計4年で、改革の準備と実施の状況を把握、分析するという研究スケジュールを持っていた。2019年度は、新体制施行後1年の状況を追う予定であった。ここでは、新制度の運用状況はもちろんのこと、改革によって、住民に対する社会福祉・医療保健サービスの提供の責務を失った後、住民のアイデンティティの拠り所、まちづくりの単位となるとされていた基礎自治体と、住民のまちづくりへの参加の状況についても考察の対象とする予定であった。 しかし、新制度立ち上げの準備は大きく遅れ、2019年3月には、これをを理由として首相が任期を残して辞任し、改革は中止され、翌4月の総選挙では、政権与党であった中央党は得票を大幅に減らし、改革に反対してきた社会民主党が4期ぶりに与党第一党の座につき、中道左派連立政権を構成する政権交代が起こった。 新政権の一般的な施政方針および、ここまでに全国で準備が積み重ねられてきた社会福祉・医療保健制度および地方制度改革に対する方針の公表を待って、2020年2~3月に現地での聞き取り調査を計画していたが、パンデミック発生によりフィンランドへの渡航が困難となり、現地での情報収集は実施できなくなった。 政権交代により、制度改革に仕切り直しが生じたこと、また、新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて、本研究課題の進捗、情報収集の方法は影響を受けた。また、2019年1月1日に新制度の施行がなされなかったことにより、当初、研究計画に組み込んでいた、自治体および住民参加に焦点を合わせた研究内容にも変更が必要となった。一方で本年度は、これまでの研究内容を論文にまとめることができた。 以上を総合的に見て「やや遅れている」と自己評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究課題が対象としてきた前政権の改革の頓挫、政権交代を受けて、本研究課題は、新政権下での改革の把握と検討を行う。現時点で、新政権の改革への取り組みには以下の三つの注目点を指摘できる。(1)高度専門医療費の高騰を抑えるため、一次医療の立て直しを図ろうとしている点、(2)首都圏を5つの広域自治体とするという対応、(3)(2)とも関連して、都市と地方の違い、地方ごとの改革に向けた足並みの違いへの対応。 本研究課題は、前政権の改革の内容および改革スケジュールに合わせて、新制度への移行が基礎自治体に与える影響、新たな地方制度下での、住民のまちづくりへの参加の状況に注目する予定だったが、改革が遅延したため、新たな地方制度は発足せず、上記を観察する事はできなくなった。これらの課題については本年度はペンディングとする。これに代えて、ここまでに行われた各地方での改革への準備の違いについて、把握を行う。 上記研究課題を遂行するために、フィンランドへの渡航が可能な場合は、現地に赴いて関係者への聞き取り調査を行う。さらに、文献の収集と分析、全国紙、地方紙の報道を通して、社会福祉・医療保健制度改革の論点を追う作業を継続する。
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Causes of Carryover |
ここまでに記したとおり、本研究の研究対象となる改革は、進捗に遅れが生じ、結果的に中止となり、政権交代が起こった。新政権の新方針下で、新制度の立ち上げに向けた作業が始動するのを待って、2020年2~3月に現地での聞き取り調査の実施を予定していたが、新型コロナウィルスの感染拡大により、現地での情報収集は実施できなくなった。これらの理由により、2019年度の予算として計上していた、現地での情報収集のための出張旅費が執行されないままとなったため、次年度使用額が生じた。 翌年度分として請求した助成金と合わせた使用計画は以下の通りである。 フィンランドへの渡航が可能であれば、これまでに調査を行って来たラップランドマークンタ、ロヴァニエミ市、ヴァルシナイススオミマークンタ、トゥルク市を中心に、現地での聞き取り調査を行う。渡航が可能でない場合には、ウェッブ会議システムを利用したインタビューの可能性を探る。必要に応じて、調査対象者に合わせた通信用アプリケーションの購入を行う。この他、文献、インターネット上で収集可能な各種行政報告書、新聞記事の分析を行う。文献購入費、現地の新聞のウェップ版の講読料の支払いを行う。さらに、必要に応じて、国内を22に分ける広域自治体にかかる統計データの二次分析を試みる。統計ソフトの購入が考えられる。
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