2018 Fiscal Year Research-status Report
Japan's Curriculum Administration at the Crossroads
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17K04539
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
磯田 文雄 名古屋大学, アジアサテライトキャンパス学院, 教授 (60745488)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | キー・コンピテンシー / 「力あふれる知識」 / 教育産業複合体 / 公教育 / 基礎基本 |
Outline of Annual Research Achievements |
昨年に引き続き、キー・コンピテンシーに基づく教育に至るまでの教育課程行政の変遷について再評価を行った。イングランドでは、これまで保守派がエリートのための知識に基づくカリキュラムを主張し、左派はアクセスや機会均等にかかわる問題に着目していたが、近年では、左派のマイケル・ヤングが「力あふれる知識」に基づくカリキュラムを主張している。同様に、筆者は教育の機会均等の観点から「生きる力」を命名したが、昨今では、学問を教育的に再文脈化した教科、すなわち知識の重要性を訴えている。このように攻守所を変えることとなった経緯やそれぞれの理論を再評価することにより、学力観やカリキュラム論により深い考察を加えることができた。 また、キー・コンピテンシーを批判する新たな視点として、教育産業複合体(Educational Industrial Complex)という概念を提案した。米国のアイゼンハワー大統領は、軍産複合体の影響力について警鐘を発していたが、現在、米国はもとより日本においても、教育産業複合体が公教育を支配する恐れすら生まれている。学校はこれまで教育システム全体の中核に位置し、教育産業はシステムの周辺で学校教育を補完するものとして存在していた。しかし、今日では、K-12,、さらには、大学まで教育産業がネットワークと連合を形成し、教育システムの中核の一部となるまでに成長している。教育産業複合体は公教育を否定し、公教育を支配しようとしている。公教育の再構築が求められるゆえんである。 質量共に課題のある今回の学習指導要領への対応については、学習指導要領の法的拘束力を否定するとともに、前川喜平氏の主張する面従腹背ではなく、大人の対応をするよう理論構成した。すなわち、学習指導要領の目的や趣旨を十分踏まえ、基礎基本を中核に据えることで、実施可能なカリキュラムを編成することを提言した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
(理由) 「生きる力」はキー・コンピテンシーの先取りであると政府は主張しているが、筆者としては、教育の機会均等の観点からすべての子供に生きる力としての学力を身につけさせることを願い、これからの学力を「生きる力」と命名したのであり、それは、イギリスの左派の議論ときを一にするものである。そして、筆者が、今日、知識を重視するカリキュラム論を展開するのも、マイケル・ヤングと同様、経験知ではなく学問知が学校教育においては重要だと考えるからである。政府が知識重視からキー・コンピテンシーに学力論を転換したのに対し、教育の機会均等を支持する論者(中野和光、磯田他)が知識を重視することを理論的に解明できたことは意義深いと考える。 次に、教育産業複合体の理論は、日本のカリキュラム研究では初発のものであり、我が国の教育学における議論が多くの場合左派か右派かという軸で展開されるのに対し、まったく異なる新たな軸を提起したものである。教育産業複合体は、ネグりとハートの論ずる「帝国」の一翼を担う第一の層に属する世界的なネットワークと連合体と解することもできるし、国民国家における経済活動の重要な材である人財を開発する中心的な組織の一つであるとも解釈できる。今後とも、このような新たな議論の軸を構築することは、教育学の発展のために必要である。 さらに、新学習指導要領への対応方策として、基礎基本の重視を提起できたことも、今後、教育委員会及び学校現場が新学習指導要領に基づく教育を展開するうえで、大いに参考となる。学習指導要領の法的拘束力を否定するだけでは、現場は対応できない。面従腹背もあり得ないとすると、愚直なようであるが、基礎基本が新指導要領運用の基本となる。
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Strategy for Future Research Activity |
過去2件間の研究で、PISA型学力が捨象した学力を明らかにし、学習指導要領の法的拘束力を否定し、教育産業複合体の興隆に警鐘を鳴らし、基礎基本の重要性を訴えてきた。しかしながら、キー・コンピテンシーの対抗実践についての情報収集や国際的な比較研究はこれからの課題として残っている。 香川大学教育学部附属高松小学校は次の研究開発に向け新たな構想を検討中であり、附属高松中学校の研究開発は平成30年度で終了した。附属高松小学校とは、昨年度に引き続き研究計画を検討するが、PISA型学力が捨象した「何らかのコミュニティにおいて他者と関わりあうことにかかる能力」を重視するとともに、「力あふれる知識」を基本とするカリキュラム開発計画案を策定したい。附属高松中学校とは、広大接続改革の影響も踏まえ場に根差した教育等を基本とする研究開発計画が企画できれば良いと考えている。 海外調査については、昨年度に引き続き、十分な出張機関が確保できず未実施だったが、平成31年度は、米国、英国、アジアの調査をできうる範囲で実施したい。日本の現状が、国際間の比較を行うことにより、どのような評価を得ることができるのか、日本置ける議論で大きくかけているものは何なのか明らかにできればと考える。
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Causes of Carryover |
2018年度は教育産業複合体や基礎基本の重要性等について、理論的な分析において大きな成果を得ることができ、その成果を学会及び学会誌等で発表することができた。その一方で、国内外のキー・コンピテンシーに対抗する実践の情報収集に必要な時間の確保が不十分であった。物件費については、学内予算を活用することで節約できた。2019年度は、最終年度であるので、海外比較研究を実施し、最新の海外の情報を得ることにより、本課題を俯瞰的に分析評価してみたい。
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