2020 Fiscal Year Research-status Report
Japan's Curriculum Administration at the Crossroads
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17K04539
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
磯田 文雄 名古屋大学, アジアサテライトキャンパス学院, 教授 (60745488)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 権力の集中とその空洞化 / 既成事実への屈伏 / 学習指導要領体制 / ベンヤミン的視点 / 「経験の貧困]と「体験」の優位 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和元年度は分担管理原則の崩壊と大統領制的行政運営について明らかにしてきたが、令和2年度は、権力の集中とその空洞化が進む中で、その結果として既成事実への屈伏が生じ、学習指導要領体制を守ることが自己目的化した教育課程行政の1年であったことを解明した。 令和2年度に小学校に導入された新学習指導要領は、新型コロナウイルス感染症の影響で3か月にもわたる休校を経験したにもかかわらず、順調に初年度を終了した。そこには、何が何でも学習指導要領体制を堅持したいという文部科学省の強い意図が見て取れる。権力は官邸に集中したもののその中は空洞化しており、合理的で有効な教育課程行政を実施するには程遠い状況にある。それにもかかわらず、権限を失った文部科学省及び各教育委員会は、官邸が決定した教育政策を是として変更を加えることなくコロナウイルス下においても現行学習指導要領行政を死守しようとするのである。既成事実への屈伏である。新学習指導要領が中核に据えたコンピテンシーに基づく教育は宙に浮いてしまっている。 一方、香川大学教育学部附属高松小学校との共同研究では、ベンヤミン的視点から豊かな経験を教科学習と創造活動の基盤とする理論を構築することができた。外界と深く交わり外界の刺激を自分の中に取り入れて咀嚼し、そのことによって自分も変わっていく、そういうプロセスが「経験」と呼ばれるものだとすると、現代社会ではそういうプロセスが起動しなくなってしまった。出来合いの情報なり枠組みなりによって出来事を解釈していく。出来事は経験とはならない。ベンヤミンは経験にならずに積み上がるものを「体験」と呼ぶ。キーコンピテンシーに基づく教育は、出来合いの枠組みを物事にうまく適用して問題を解決するが、それは「経験の貧困」をもたらし、子どもたちが未来に生きるために必要な力を育てることにはならない。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
大統領制的行政運営、官邸への権力の集中については多くの研究が蓄積されつつあるが、その権力の集中がもたらす政策及び行政の中身についての議論はそれらの政策の当否が中心である。 しかしながら、権力の集中の最大の問題は権力中枢が空洞化していることでる。昨年3月の全国一斉休校要請やアベノマスク、GO TO トラベルに明らかなように、官邸には行政の専門性も現状に対する総合的な分析もなく、行政の専門性に裏付けられた効果的な政策もなく、空洞化しているのである。さらに、権力中枢の空洞化の中で実施された施策が既成事実と化し、その既成事実に屈服していることである。この空洞化と既成事実への屈伏は、丸山真男が「軍国支配者の精神形態」(1949年)で太平洋戦争について論じたところであるが、丸山はこの論文を「これは昔々ある国に起こったお伽話ではない。」との言葉で終えている。残念ながら、今、令和の時代に同じ権力の空洞化と既成事実への屈伏が生じているのである。 キーコンピテンシーに基づく教育を超える試みについては、人格の完成を中核にすえる(安彦忠彦)、力あふれる知識(powerful knowledge)を重視する(マイケル・ヤング、中野和光)、場所に根差す教育を基本にする(アンフリー)等があるが、今回、ベンヤミン的視点から「経験の貧困」と「体験」の優位という概念を用いて、新たな方向性を提示できた。すなわち、」なぜキーコンピテンシーが学力形成につながらないかを解明し、学力形成や価値創造の基礎となる経験とはどのようなものか提示することができた。 ただし、新型コロナウイルス感染症の影響で国際比較調査は全く困難であった。令和2年度は市民性教育についてアジア諸国の比較研究をメールとテレビ会議で行ったが、それぞれの国の共同研究者の全面的協力が必要不可欠であり、課題が多い。
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Strategy for Future Research Activity |
教育課程行政の変容については、政権が次々と問題提起をしてくれている。安部信三首相の全国一斉休校要請が分担管理原則の崩壊及び法の支配の揺らぎを、その後、官邸が次から次へと打ち出すコロナ対策が権力の集中とその空洞化を、そして、昨年度の教育課程行政が既成事実への屈伏を提示してくれた。令和3年度は、現在国会で審議中のデジタル庁法案、「子ども庁」創設が新たな問題を提起してくれている。 デジタル庁は、首相の直属機関で職員約500人中約100人は民間人で構成され、民間人のトップに位置するデジタル監は首相の許可があれば兼業も可能であり、これらの民間人職員は基本的には国家公務員法の適用外である。ここに見られるのは、権力が集中する内閣が、機能的組織となり分節化開放化しネットワーク化していくということである。ここには法の支配も法律による行政の原理も当てはまらない。権力が官邸に集中し、それが民主主義の統制が利かなくなっているのである。 それに、子ども庁の創設である。内閣府案では、首相、特命大臣、そのもとに義務教育をも含む子どもにかかる事務全般が移管される。そこの中心的な職員がデジタル庁のように民間人だとどうなるか。公教育が完全に教育産業複合体の手段と化してしまう。教育課程行政の今後は、極めて重要な課題に直面している。 香川大学教育学部附属高松小学校との共同研究については、教科学習及び価値創造につながる経験の具体化を図るとともに、その具体的事例として「実社会との接点を重視した課題解決型学習プログラム」を開発する。附属高松中学校との共同研究については、教科する教科学習と省察性を高める人間道徳の実践を行う。 海外調査については、コロナ渦で見通しが立たないが、可能であれば、英米の研究者との意見交換、韓国、台湾のキー・コンピテンシーを超える取り組みを調査したい。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染症の拡大により国内外での移動が困難となり、現地調査ができなくなった。感染状況を踏まえながら、適切に対応したい。
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