2018 Fiscal Year Research-status Report
実践的判断のコード化不可能性と道徳教育の課題:「実例」に関する教育哲学的研究
Project/Area Number |
17K04540
|
Research Institution | Aichi University of Education |
Principal Investigator |
山口 匡 愛知教育大学, 教育学部, 教授 (20293730)
|
Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | 実例 / 道徳的判断力 / 道徳教育 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は以下の研究項目から構成されている。1.実践的・道徳的判断力の「形式的条件」と「実質的条件」を明確化させる。2.道徳的「実例」の要件、機能、制約を解明する。3.道徳教育における「実例」の問題性をとらえるための理論的な枠組みを提示する。 これらをふまえて、2年目の平成30年度は、研究項目1.の課題をより精緻化させながら、研究項目2.のテーマに取り組んできた。 1.については、これまでの研究を継続するかたちで文献・資料の収集とその分析に取り組んだ。とくに、「徳倫理学」思想に通底する、あるタイプの判断力理論について分析した。さらに、実践的・道徳的判断力の「実質的条件」を考えていくうえで、ウィギンズやマクダウエル等の倫理思想にみられる「道徳的感受性」の概念を、カントやアーレントの判断力理論を補完する判断力理論としてとらえなおす作業を開始した。 2.については、Ritter(1971)、Heidemann(1966)、Buck(1967)、Stroud(2011)、Mayr(2013) 等の所論にもとづいて、「実例」の概念史をたどった。その結果、近代以降、「実例」の意味や役割が大きく変化した経緯を明らかにすることができた。もともと行為を通して示される「模範」や「手本」を意味していた「実例」の概念は、とくにカント以降、神学的な背景から決定的に切り離され、近代的な「理念」を具体的に提示する手段としての「実例」になった。同時に、「実例」の「理念」に対する依存性という逆説的な関係が生み出されることにもなった(ある実例をある理念の実例として理解できるためには、その実例が示している理念それ自体をあらかじめ知っているのでなければならない)。実践的・道徳的判断の「コード化不可能性」の要因が、「実例」の「理念」に対する依存性という逆説的な関係にあることを明らかにした。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成30年度の研究計画の柱として設定していたのは、1.実践的・道徳的判断力の「実質的条件」の分析、2.道徳的「実例」の要件、機能、制約の解明、の二項目である。「研究実績の概要」で述べたとおり、両項目ともおおむね順調に研究を進めることができている。 1.については「徳倫理学」の思想から読みとることができる判断力理論を分析することを通して、経験・習慣・教育などによって形成される判断力の「実質的条件」の解明に向けた研究の視点を開くことができた。 2.については、「実例」の概念史をたどることによって、「実例」と「理念」の相互依存的な関係を明らかにし、実践的・道徳的判断の「コード化不可能性」の要因の解明に取り組んだ。今後はこれらをふまえて、「コード化不可能性」という性質をもつ道徳的判断力の育成について考察していくことになるが、実践的・道徳的判断の「コード化不可能性」と「実例」の教育的機能を相互に密接に関連づけ、整合的に解明するうえで、「徳倫理学」の判断力理論がもつ特別の重要性を明らかにすることができた。 以上のことから、現在までの進捗状況は、おおむね順調に進展しているものと評価できる。
|
Strategy for Future Research Activity |
最終年度の本年度は、道徳教育における「実例」使用の問題性をとらえる理論的枠組みを提示し、研究全体の総括を行う。 実践的・道徳的判断の「コード化不可能性」と道徳的「実例」の教育的機能を相互に密接に連関するものとして整合的に解明するうえで、アリストテレス、カント等の判断力理論に加えて、「徳倫理学」に含まれる判断力理論が、きわめて重要になってくる。「徳倫理学」のアプローチでは、行為者としての性格や人柄に焦点を定め、「有徳であることはどのようなことか」という観点から、望ましい思考、感情、選択、振る舞いについて論じていく。一般に道徳教育は、道徳的な価値や規則を教えることとして理解されているが、「徳倫理学」の立場では、自然に行為の理由が見えるような人間を育てることこそが道徳教育だということになる。こうした「道徳的感受性」がどのように育まれるのか、道徳的判断の「コード化不可能性」と道徳的「実例」の教育的機能を架橋する理論的な枠組みを提示することを目指す。 他方、平成30年度から小学校で、平成31年度から中学校で「特別の教科 道徳」(道徳科)が完全実施されている。この教科では、「考え、議論する道徳」というコンセプトにそって、検定教科書のほかにも多様な「教材」の開発・活用が求められ、また「道徳的な判断力」を重視する方針が明確に打ち出されている。最終年度までの本研究全体を通して、「コード化不可能性」という性質をもつ判断力の育成が、「実例」の提示と理解を通して現実化していく機制を解明したいと考えている。他方で、「実例」はその資質上、誤解、誤認という危険性をつねにはらんでいるといえる。本研究の視点から、道徳教育において「実例」がはたす役割、求められる条件、考慮されるべき制約を分析し、学校における道徳教育についても問題提起を行っていく予定である。
|
Causes of Carryover |
(理由)参加を予定していた学会への出張が所属機関の業務のため実施できなかったことと、購入予定の図書のなかで刊行が延期されたものがあったため。
(使用計画)次年度助成金とあわせて、図書、消耗品の購入、学会への参加費、旅費、および資料収集用に使用する。
|
Research Products
(1 results)