2019 Fiscal Year Research-status Report
Study for Mott transition and pressure induced superconductivity in the iron-based ladder compounds using ac-specific measurements
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17K05531
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
山内 徹 東京大学, 物性研究所, 技術専門職員 (10422445)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 軌道選択的Mott絶縁体相 / 高圧下AC比熱測定 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究課題の標題物質,Mott絶縁体梯子型鉄化合物BaFe2S3は,2015年に筆者を含む研究グループによってMott絶縁相が超伝導相へ転移する特異な圧力温度相図 (P -T phase diagram) が詳らかにされて以来,米国と中国を中心に,世界的に耳目を集めて居る. その理由は,(1) 圧力誘起する超伝導相が最高24 Kの転移温度をもつ.(2) 鉄の軌道自由度にも関わらず,単一軌道電子系の分子性有機導体やフラーレンが示す圧力温度相図と酷似して居る.(3) 鉄正方格子ではなく梯子格子をもった,鉄系超伝導体としては極めて稀な擬1次元導体である. (4) 更には,同構造をもつ類縁化合物が豊富.以上4点が考えられる.特に(2)の軌道自由度に関して光電子分光などから,系に遍歴的電子と局在的電子の二成分が常圧下で共存(orbital-selective Mott phase)して居るとの指摘がある.これを受けた理論から,電子状態がMott絶縁体か否かにも疑義が挟まれて居る [J. M. Pizarro and E. Bascones, Phys. Rev. Materials 3, 014801 (2019)].この理論は,BaFe2S3が常圧で既にフェルミ準位に状態密度をもつが,その電子のincoherent伝導によって,見かけ上絶縁体になって居ると主張し,更に,圧力印加では相転移は起こらず,incoherentからcoherent伝導へのcrossoverであると述べて居る.
本課題研究では,この疑義に対して「やはり圧力誘起Mott転移が超伝導相に隣接して存在する」ことを,熱力学的に示すことができたと筆者は考えている.ただし,この研究は遍歴局在二成分共存モデルそのものを否定せず,我々の観測と整合するモデルは成立し得ることは指摘しておきたい(後述).
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本課題研究の目的物質BaFe2S3の単結晶は極めて脆いうえ,大気不安定ではないが,固体化学的にやや不安定である.例えば,電気測定用端子は,スポット溶接は論外として銀含有ペーストなども使えない.使えば超伝導相のみが消え去る(面白いことに,Mott転移は残る).以上の制約のために,この結晶を使う高圧下AC比熱測定用の熱量計作成は難渋を極めた.作成した熱量計の機能を評価するために,ヒータと接着剤の種類や熱量計自身の幾何学形状を変えつつ,20個の試作を繰り返した.唯一の常圧下相転移である反強磁性転移の小さな比熱異常が観測可能になるまで,16回の試作が必要であった.これら20個の熱量計について,測定周波数や入力熱量を様々に変えながら,圧力媒体中4~300 Kの温度掃引測定を行い,結局,常圧下での予備測定は618回を数え,およそ半年を費やした.この予備測定で得られた,最良のS/N比を示す熱量計を,そのまま高圧装置に組み込み,本課題期間2020年3月31日をやや過ぎた非常事態宣言直前に,高圧下交流比熱測定そのものは完了した.高圧下測定でも,多くの周波数や入力熱量を変化させつつ温度掃引測定を行うため,たった一つの熱量計を使用した一連の圧力依存性測定に,52日と2480 Lの液体ヘリウムを費やした.この測定で,当初目的である反強磁性/軌道秩序転移,Mott転移,超伝導転移の圧力下比熱異常を観測することに成功した.
残念ながら,Mott転移以外の比熱異常は小さい.その制約があるが,それでも熱力学的な議論はある程度可能であった.非常事態宣言期間中に,得られたデータ解析専用のソフトウェアを開発し,高圧下交流比熱測定に関する8項の技術論文と観測されたBaFe2S3の高圧下物性に関する12項の論文,合計2本を準備した.共著者との推敲改訂を経て順次投稿予定である.
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Strategy for Future Research Activity |
本課題研究では圧力誘起Mott転移の存在を明確に示した.一方,二成分共存モデルそのものは否定しない.異なる軌道によって形成された其々のバンドが,局在性と遍歴性を其々もっているモデルを考える.常圧下で遍歴的なバンドは,加圧しても遍歴的であろう.ただしこのバンドの電子はincoherent伝導し,見かけ上このバンドの電気(電子)伝導度は絶縁体的に振る舞うと考える.一方,局在的なバンドは純粋に絶縁体から金属に,圧力印加に伴ってMott転移し,超伝導相に至る.この場合,見かけ上金属的伝導は後者のバンドのみに支配され,絶縁体的な電気伝導は圧力変化の乏しい常圧下で遍歴的な方のバンドが支配する.勿論,Mott転移圧力よりも低圧側の電気伝導度は,両バンドともに絶縁体的に振る舞っている訳だが,Mott gapが開いているバンドより,incoherent伝導して居るバンドの方が,その電気伝導度は遥かに大きいと,ここでは考えて居る.以上を考えると,電気抵抗測定で見た場合,Mott転移を起こすバンドが単独で,単一軌道電子系の分子性有機導体と似た圧力温度相図を与えると予想できる.さて,この系が超伝導転移を起こした場合どうなるであろうか.単純には,超伝導になって居るバンドと,常圧下と変わらずincoherent伝導している常伝導バンドが共存して居ると考えるのが妥当かと思われる.そこで,今後の研究の推進方策についてである.10 GPa程度の圧力下ではかなりの困難を伴うと予測されるが,この超伝導の下部臨界磁場Hc1を測定したい.Hc1は侵入長(London方程式)を通して,超流動密度nsと密接に関連して居る.この超流動密度と電子密度と比べてみると,二成分共存モデルの妥当性が評価できると,筆者は考えて居る.
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Causes of Carryover |
本課題研究の目的物質BaFe2S3の反強磁性/軌道秩序転移,Mott転移,超伝導転移の圧力下比熱異常を観測することに,一連の高圧下AC比熱測定によって成功した.更に,本課題研究遂行のため開発した交流比熱測定法に関する8項の論文と,BaFe2S3高圧下物性に関する12項の論文を準備,推敲改訂後順次投稿予定であることは既に述べた.これで本課題は完了とも思えるが,測定技術開発用に高圧下予備測定を1回だけ行った,擬1次元バナジウム酸化物伝導体β-Na0.33V2O5のデータも本課題にとって非常に重要なことに気が付いた.β-Na0.33V2O5は絶縁体が圧力下で金属化し超伝導相が出現する梯子型擬1次元伝導体であり,BaFe2S3の良い参照試料である.しかも,低圧側はMott絶縁体相ではなく電荷秩序型絶縁体相で,更に金属絶縁体相境界は圧力温度相図上で温度軸と平行でなく,温度掃引測定で観測しやすい側面もある.上述の予備測定時は超伝導相の観測に注力していたが,BaFe2S3で観測したような絶縁体金属転移に伴う異常も観測しているように見える.Mott絶縁体相と電荷秩序型絶縁体相の超伝導転移時の違いが,熱力学的に観測できれば大変に興味深いのである.転移圧力付近で,今一度詳細にAC比熱測定を行えば,β-Na0.33V2O5そのものに関しても,BaFe2S3との比較の上でも新しい知見が得られると,強く期待できる.
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Research Products
(9 results)