2017 Fiscal Year Research-status Report
F1-ATPase の回転機構に関わる基本相互作用の解明:非平衡統計力学の応用
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17K05562
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
佐々木 一夫 東北大学, 工学研究科, 教授 (50205837)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
吉留 崇 東北大学, 工学研究科, 助教 (90456830)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | タンパク質分子モーター / F1-ATPase / 化学状態 / 相互作用ポテンシャル / 拡散増大 / 統計解析 |
Outline of Annual Research Achievements |
タンパク質分子モーター F1-ATPaseの回転機構に関わる基本相互作用の解明に関して,二つの観点から理論的研究を進めた.一つは,F1-ATPaseの回転子に一定のトルクを加えたときに観察される拡散の増大という現象を利用する解析法であり,もう一つは,磁気ピンセットを使って回転子を強制的に回転させたときに得られる回転子の軌跡を統計的に解析する手法である. 前者の解析では,拡散係数のピークが発生するトルクの大きさが,反応分子や生成分子の濃度にどのように依存するかを調べた.その結果から,回転子がどの角度にあるときに反応分子が結合し,生成分子が解離するかという情報が得られることを明らかにした.反応・生成分子の結合・解離速度の回転角依存性を実験的に調べた例はあるが,その実験は特別な技術を会得した研究者でなければ実施は難しい.本研究の成果は,それに代わる解析法を提案するという点で意義がある. 第二の研究は,自発的に回転するF1-ATPaseの回転子に取り付けたビーズ(プローブ)の軌跡を統計的に解析して,モーターの化学状態と回転子・固定子間の相互作用を推定するToyabeらの方法(EPL, 2012)を手本にして進めた.簡単なモデルを用いて,磁気ピンセットによる強制回転の運動をLangevin方程式によりシミュレーションし,回転子の軌跡を集めた.Toyabeらの方法に新しい工夫を加えることで,強制回転を非常にゆっくりと行った場合には,すべての回転角でポテンシャルを正しく推定することに成功した(自発回転の場合には,正しく推定できるのは,限られた角度の範囲でのみであった).まだ非常に限られた条件での解析しか行っていないが,すべての回転角でポテンシャルを推定できたことは大きな成果である.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
予備的研究では,回転子の回転角の分布関数から相互作用ポテンシャルを推定することを行って,限られた角度の範囲において推定に成功していた.すべての角度で推定できるようにこの方法を改良することを試みたがうまくいかなかった. そこでもう一つ計画していた推定法の究明,すなわち強制回転による回転子の運動の軌跡から,モーターの化学状態と相互作用ポテンシャルを推定する研究に着手した.そのために,Toyabeらの方法(EPL, 2012)を習得するところから始めた.この方法は,回転子の軌跡の実現確率(path probability)を最大にするように,与えられた軌跡のデータから各時刻における化学状態を推定するという最尤推定法である.化学状態がわかると,状態間遷移速度がわかり,一つの状態における軌跡からその状態における相互作用ポテンシャルが計算できる.彼らは,実現確率を計算する際に,遷移速度が回転子の回転角に依存しないというモデルを用いて,自発的に回転するモーターの軌跡を解析した. 我々はこのアルゴリズムを習得した後,遷移速度が角度に依存する場合も扱えるように,アルゴリズムを改良した.次に,ポテンシャルを推定する手続きの変更を行った.自発回転の場合,状態間遷移がないと回転角の定常分布は平衡分布になり,そこからポテンシャルを計算できる.しかし,強制回転の場合には,遷移がないとしても,定常状態は非平衡状態なので,同様の方法は使えない.何度かの試行錯誤により,軌跡からトルクを推定して,それを積分してポテンシャルを求めるという方法にたどり着いた. 当初予定していた方法がうまくいかなかったことと,Toyabe らの方法の改良に時間がかかり,予定していた目標までは到達できなかった.
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Strategy for Future Research Activity |
自発回転するモーターの回転子の軌跡からは,回転子・固定子間相互作用に関して限定された情報しか得られなかった(モーターの各化学状態において,回転角の限られた範囲だけでポテンシャルを推定できた).しかし,強制回転のデータを解析すると,非常に単純な条件下ではあるけれども,モーターの各化学状態において,すべての回転角でポテンシャルが推定可能であることを示すことができたのは幸いであった. モーターの強制回転の解析では,状態間遷移が回転子の回転角に依存しないという単純化したモデルを用いていた.(より現実的な)遷移が角度依存性をもつモデルの解析を行い,この場合にもすべての回転角でポテンシャルを正しく推定できるかどうかの確認を行う. これがうまくいけば,F1-ATPaseの三つのベータ・サブユニットのそれぞれがとりうる4つの化学状態(ATPを結合した状態,ATP加水分解後のADPとリン酸を結合した状態,ADPを放出してリン酸だけを結合した状態,ADP を放出して何も結合していない状態)を考慮したモデルの解析に進む.4種類の状態間遷移速度の角度依存性と4つの化学状態におけるベータ・サブユニットと回転子との相互作用の角度依存性を任意に設定して,Langevinシミュレーションを行う.シミュレーションで得られた軌跡から,モーターの化学状態と相互作用ポテンシャルを正しく推定できるかどうか検討を行う.
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