2020 Fiscal Year Research-status Report
近可積分ハミルトン系動力学の特異性と量子古典対応の破綻
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17K05583
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
首藤 啓 東京都立大学, 理学研究科, 教授 (60206258)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ハミルトン系 / 古典カオス / 量子カオス / 混合位相空間 / 複素古典力学 / ガラス / 遅い緩和 / Vogel- Fulcher則 |
Outline of Annual Research Achievements |
1) 過冷却状態にある液体がガラスになる際,特に,fragile液体に分類される物質においては,僅かな温度変化や密度変化で粘性が急増する.いわゆる構造ガラスが示す粘性の急増現象の背景には過冷却液体を構成する分子のスローダイナミクスがある.ここでは,一体のローレンツガスの動力学を詳細に調べることにより,ガラスが示すスローダイナミクスのうち,どこまでが系の多体性を必要とするものなのかという観点を巡って解析を行った.その結果,(a) ケージ効果によって粒子の拡散を表す平均二乗変位に見られるプラトーは一体問題でも再現可能である.(b) 自己中間散乱関数などにみられるα緩和に関しては,伸張指数関数の指数が1になることから,2次元の一体ローレンツガスにおいては多体ガラスの振る舞いを再現することはできないが,運動領域が複数種類現れる3次元空間内の一体ローレンツガスにおいては指数が1より小さい伸張指数関数が現れることが観測された.(c) fragile液体に見られる.温度変化,密度変化に対する粘性の急増は,Vogel- Fulcher則によって特徴付けられることが知られているが,一体ローレンツガスにおいても,質点が運動する空間の次元を大きくすることにより,過渡領域としてVogel-Fulcher則が現れることがわかった. 2) 非可積分系ンネル効果の半古典解析の困難は,無数に潜在する鞍点解から寄与の大きい複素軌道を抽出することにある.これまでの研究から,複素空間の前方Julia 集合が半古典プロパゲータに寄与する軌道を含むことが明らかになっており,また,周期点から伸びる複素安定多様体はJulia 集合をよく近似することが知られている.今年度は,昨年度開発した複素安定多様体を計算する数値コードを用いることより,トンネル効果に寄与の大きい複素安定多様体の特性を探った.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題は近可積分ハミルトン系の古典および量子力学の動的特性をさまざまな観点から追求するものである.一方,近年,理想的なカオスを示す系においても,初期条件によらず一様な緩和を示すわけではなくさまざまな構造を潜在することが明らかになっている.例えば,系のescape rateに対する短い周期軌道の影響など,数学的な結果を含めて活発な研究が進んでいるが,本研究においても,分布関数の時間発展を記述するPerron-Frobenius 作用素の固有関数や,開放系におけるescape rate の性質を強いカオス系の研究を行っている.そして,そこで得られた成果を近可積分系に適用する準備を進めている.また,簡単なモデル系を用いた強いカオス系のescape rateの研究は,過冷却・ガラス系における遅い運動の起源の研究との繋がりもできつつあり,当初,想定していた近可積分系に対するアプローチとは異なった方向に研究が広がりつつある.また,近可積分系の量子論に関する研究は,動的トンネル効果の研究を多方面から進めているが,混合位相空間をもつ系の周期軌道を求めるアルゴリズムを開発することに成功したこと,それぞれの周期軌道から伸びる複素安定多様体を計算する方法を確立したことより,複素半古典論に依拠したアプローチに大きな進展が見られた.特に,トンネル効果が,単純に実面のカオス軌道の性質のみに依るものではなく,複素領域のカオスを使って起こっていることを示唆する結果が得られことは大きい.複素領域でのカオスが現象に顕在していることを示すはじめての例と考えられる.また,可積分系に極めて弱い摂動の入った系のトンネル効果についても,高精度の波動関数の時間発展が可能になったため,非可積分性が与えるトンネル効果への影響に関するより詳細な情報が得られつつある.
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度,以下の方針で研究を進める.1) 非可積分系のトンネル効果のプランク定数依存性に見られる異常(通常であれば,プランク定数に対して指数的に減少することが期待されるトンネル確率が非指数関数的になる)の起源を,量子補正の観点から整理する.古典ハミルトニアンが与えられた際,系を量子化する方法はユニークではなく,作用素のorderingの任意性がある.それぞれの差はプランク定数の2次以上とは言え,トンネル効果が問題になるようなプランク定数に対する指数的微少量と比較するとその補正は十分大きい.この事実を踏まえ,非可積分トンネル効果に観察されるプランク定数依存性の異常性を量子化の問題と絡めて議論する.2) 2020年度に実施された複素安定多様体を用いた解析をもとに,時間領域複素半古典論と厳密量子論の比較を行う.プランクセル内に非可積分由来の古典位相空間が隠れるくらいの微弱摂動化でのトンネル効果を取り扱う方法は複素半古典論しかないため,複素半古典論を用いて非可積分トンネル効果が複素領域のカオスをつかって起こることを示すことは極めて大きな意味をもつ.3) 2020年度の研究から,過冷却液体・ガラス系における遅い緩和の起源を力学系の観点からアプローチする手がかりがつかむことができた.特に,温度変化,密度変化に対する粘性の急増を特徴付けるVogel-Fulcher則が系の自由度の増大に関与することが明らかになったことから,ボトルネックをもった自由度の大きい系で起こる遅い緩和を詳しく調べる必要性が出てきた.そのためには,まず,多自由度一体ローレンツガスで得られた結果が撞球問題に由来するものなのか明らかにする必要がある.また,その関連で,近年,研究が活発化しているランダム力学系との接点探る予定である.
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Causes of Carryover |
(理由) 研究の進捗状況に応じて2020年5月に招へいを予定していたが,Roland Ketzmerik氏をはじめ複数名がコロナウイルスの影響があり来日が取りやめになった.また,数値計算を行うための計算サーバについては,現有のもので十分な程度であった.以上により次年度使用額が発生し た. (使用計画) 共同研究者のDomenico Lippolis氏(江蘇大学)を招へいし,今年度できなかった共同執筆論文についての打ち合わせを行う.また,Roland Ketzmerick氏(ドレスデン工科大学),Gergo Nemes氏(レニー数学研究所)を招へいし,それぞれ,ローレンツガス系に対する研究討論,および,複素半古典論に関する情報提供を行っていただく.また,計算サーバを購入し,複素半古典論を用いた大規模数値計算を実行する.
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Research Products
(10 results)