2018 Fiscal Year Research-status Report
水素結合ネットワークのテラヘルツ光による振動励起と低温光反応ダイナミクス
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17K05825
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
高橋 まさえ 東北大学, 農学研究科, 准教授 (80183854)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
松井 広志 東北大学, 理学研究科, 准教授 (30275292)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | テラヘルツ分光 / 第一原理計算 / 生体適合性 / 弱い水素結合 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、応募者等が発見した温度依存テラヘルツ分光スペクトルに観測される水素結合ネットワークの形成開裂を指標に、テラヘルツ波を励起光とした低温光反応ダイナミクスを追跡し、人体に安全なテラヘルツ波の利点を活かした応用の道を開拓するものです。 テラヘルツ光は水素結合などの弱い非共有結合の検出に有効で、これらの結合はタンパク質の高次構造や機能などにおいて生体内で重要な働きをしています。初年度は、結晶試料について弱い分子間相互作用を調べました。今年度は、生体適合性を示す非晶質試料について低温における振動吸収の挙動を調べました。 測定は150-700cm-1のFIR領域をSPring-8のBL43IRビームラインを用い、20-100 cm-1のTHz領域をTHS-TDSを用いて行いました。用いた試料は生体物質によくみられる両性電解質であり、塩と反応するため、充填剤を必要としない、SPging-8の赤外顕微分光装置を用いました。また、低分子の場合、非晶質はテラヘルツ領域にピークを持ちませんが、タンパク質など高分子になるとピークが観測されます。今回は、理論解析が可能な範囲の高分子について調べました。また、ポリマーにおいて観測される部分的な結晶化と区別できるようにモノマー試料を用い低温の振動挙動を調べました。FIR領域、THz領域ともに100~150 K付近で興味深いスペクトル変化が観測されました。この結果についてGaussianを用いて第一原理計算によるスペクトル解析を行いました。非晶質のためX線構造解析データがなく、考えられるすべてのコンフォメーションについて検討しました。その結果、温度の違いは、温度による誘電率の変化で説明でき、低温において弱い水素結合の形成が形成したことが明らかになりました。また、THz領域ではFIR領域に比べ、水素結合の形成がより顕著に表れることもわかりました。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、平成30年度以降の計画「波長可変テラヘルツ照射低温光反応測定の溶液系への応用展開」と「溶液系の第一原理分子動力学計算」に着手しました。 「波長可変テラヘルツ照射低温光反応測定の溶液系への応用展開」にでは水によるテラヘルツ光の吸収が最大の問題点になります。そこで、結晶より溶液状態に近い非晶質試料についての研究を行いました。非晶質のテラヘルツ領域スペクトルはシグナルが弱く、また、非晶質特有の単調に増加する大きなバックグラウンドなどのため、測定は困難を極めました。装置を改良し光の強度を上げ、また、充填剤を使わない等の工夫を施しました。さらに、生体適合性試料で吸湿性が高く、試料のセッティングにも細心の注意を払いました。しかし、残念ながら昨年度発見した極低温で観測される新しい現象がなかなか再現せず、今年度は、一旦、この極低温の光反応を除外して、現象解明を行いました。今年度末になり、吸湿性のさらに高い別の試料で、この極低温の光反応がやはり起こることが明らかとなり、今後この極低温で起こる光反応について再度検討する段階に到達しました。 「溶液系の第一原理分子動力学計算」では、温度による影響を調べることができますが、スペクトル解析とどのように結びつけるかが問題となります。今年度は、非晶質試料について温度の影響を誘電率の変化で置き換えて計算を行い、スペクトル変化に対応する解析ができることを明らかにしました。水が水素結合ネットワークを形成し低温で氷になり誘電率が下がるように、今回測定した物質も、低温で水素結合ネットワークの形成により流動性が下がり、誘電率が下がることは容易に予想できます。今年度は更新のため東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータが4月から8月まで停止しました。停止期間中はそれまでのデータを精査し考察を重ね、更新後にそのアイデアを実行し、問題を解決に到達できました。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、昨年度発見し今年度は再現しなかった極低温における新奇な現象について、別の系で再現したことを足掛かりに、以下の項目について条件を精査し、低温光反応ダイナミクスを追跡します。 我々が発見した極低温における新奇な光反応現象の再現性を3種類の試料で確認します。3種類とも、非常に吸湿性が高いという共通点を持っています。具体的には、昨年度最初にこの現象を発見した試料、今年度末にこの現象がみられた試料、IR領域でこの現象が観測された3種類です。最初の2つは非晶質、最後のひとつは結晶試料です。結晶試料でも非晶質試料でも起こるこの現象の謎を明らかにします。今年度までの研究で、溶液系への応用展開における水によるTHz光の吸収という問題点はは非晶質試料の利用で、分子動力学計算におけるスペクトル解析への応用という問題点は誘電率の利用で解決することが分かりました。これらの結果を踏まえ、3種類の試料についてスペクトル解析と低温光反応ダイナミクスの追跡を行います。 再現性を得るために、湿度0.5 ppm以下のグローブボックスを利用して試料準備をします。試料セット中の湿度が大きく関係していることは前から気が付いており、シリカゲル中で試料を保管し、速やかにセットするなど細心の注意を払いましたが、不十分であることが今年度までの研究で判明しました。今年度末に測定した試料は、非常に吸湿性が高く、空気中に出すと瞬時に溶け出し、粘性をおびた液体になりましたが、湿度0.5 ppm以下のグローブボックス中ではサラサラの状態に戻ります。 湿度が試料に及ぼす影響と極低温での現象の有無の関係、および、生体適合性試料の特性との関係を明らかにします。測定チャンバー内は真空引きしており、赤外スペクトルからも測定中には水はなくなっていると考えられます。初期段階での水分の有無が微細な構造に及ぼす効果を明らかにします。
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Causes of Carryover |
今年度の成果をオープンアクセス誌に投稿しており、Acceptされた場合に支払うArticle Processing Charge分として今年度の経費を次年度に回すこととした。
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