2018 Fiscal Year Research-status Report
腸内細菌叢の代謝系がアワビの成長差に与える影響の解明
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17K07912
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Research Institution | Nagasaki University |
Principal Investigator |
井上 徹志 長崎大学, 水産・環境科学総合研究科(水産), 教授 (10624900)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
守屋 繁春 国立研究開発法人理化学研究所, 環境資源科学研究センター, 専任研究員 (00321828)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 腸内細菌 / 共生 |
Outline of Annual Research Achievements |
アワビや魚類の種苗生産では、著しい成長差が生じることが知られているが、その要因については不明な点が多い。本研究は腸内細菌叢の代謝系がアワビの成長差に与える影響の解明を目的としている。アワビ腸内細菌叢の解析は培養法と培養を介さない遺伝子に基づく方法の2つのアプローチで進め、その統合を目指している。 クロアワビ種苗を対象に、同一水槽内の200個体の殻長、殻幅を測定した。殻長の上位5%に当たる個体をその時点での大個体、下位5%に当たる個体を小個体とし、解析に用いた。生菌数の測定後、単離株を作成し、各単離株の各種糖質分解能と嫌気条件での酸生成能、運動性の判定を行った。 平成29年度は、主に培養法による解析を進め、アワビの成長が停滞する夏期にアルギン酸分解能と酸生成能をもつ単離株の割合が低下することが明らかとなった。さらに大個体と小個体の差も季節変動していた。宿主の成長と腸内細菌叢の相関を経時的に明らかにした研究はほとんどなく、重要な知見を得ることができた。 平成30年度は、アワビの食性が珪藻食から褐藻食に変わる前後での腸内細菌叢の変化を明らかにすることと、アワビ腸内での発現遺伝子を網羅的に解析する、トランスクリプトーム解析を行い、大個体と小個体の違いを明らかにすることを目的とした。その結果、腸内からの単離株のうちアルギン酸分解能を持つ株の割合は、褐藻食開始2週間で急激に上昇することがわかった。また、大個体ではアルギン酸分解菌の優占が安定しているのに対して、小個体では変動が観察された。一方、12月に採取したアワビについて、16S rRNA遺伝子に基づく腸内細菌叢の解析とトランスクリプトーム解析を行ったところ、大個体と小個体で優占する細菌種及び発現している主要な遺伝子に明らかな違いが観察された。培養に基づく解析では、腸内での優占種に大個体と小個体で違いはなく、今後の詳細な解析が必要である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、アワビ腸内細菌叢を培養法と培養を介さない遺伝子に基づく方法の2つのアプローチで解明することを目的としている。本年度は、アワビの食性が珪藻から褐藻に変わる時期での腸内細菌叢の変化を明らかにすることと、アワビ腸内細菌叢が安定してくる冬季において、腸内細菌叢を培養法に基づく解析と遺伝子に基づく解析の2つのアプローチで解明することを目的とした。全体としては、おおむね順調に進展していると判断した。 クロアワビの種苗生産では、4月中旬ごろ、餌が付着珪藻からワカメなどの褐藻類に変わる。平成29年度は、5月以降の腸内細菌叢の経時的変化を解析してきたが、5月時点で大個体と小個体の腸内細菌叢には違いが認められた。そこで、食性変化時の腸内細菌叢の変化を捉えるため、平成30年3月に着底から3ヶ月のアワビのサンプリングを行い、さらに4月から6月までに4回のサンプリングを予定通り行なった。6月以降は、前年の解析で明らかになった季節変動を検証するために2ヶ月に1回程度のサンプリングを行なった。その結果、腸内からの単離株のうちアルギン酸分解能を持つ株の割合が急上昇する時期を特定できた。一方、取得した単離株の16S rRNA遺伝子配列の決定はやや遅れている。 また、平成30年12月に採取したアワビについて、16S rRNA遺伝子に基づく腸内細菌叢の解析とトランスクリプトーム解析を行ったところ、大個体と小個体で優占する細菌種及び発現している主要な遺伝子に明らかな違いが観察された。培養に基づく解析では、腸内での優占種に大個体と小個体で違いはなく、その優占の程度に違いが認められた。今後、培養法による結果と遺伝子解析による結果の整合性について検討し、追加の解析を検討する。 以上、単離株の遺伝子解析はやや遅れているが、新たな知見を得た部分もあることから、全体としてはおおむね順調に進展していると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は腸内細菌叢の代謝系がアワビの成長差に与える影響の解明を目的としている。これまでに、アワビの成長が停滞する夏期にアルギン酸分解能と酸生成能をもつ単離株の割合が低下することが明らかとなった。宿主の成長と腸内細菌叢の相関を経時的に明らかにした研究はほとんどなく、培養法だけでなく、培養を介さない遺伝子に基づく方法での解析が必要である。 腸内細菌叢に季節変動があることを鑑みれば、毎月、詳細な解析を行うことが望ましいが、それには時間的、金銭的コストがかかり過ぎる。そこで、これまでの結果から腸内細菌叢の季節変動を考慮したサンプリング時期を設定して、培養法による解析と遺伝子に基づく解析を同時に行う。すなわち、珪藻食である4月、褐藻食1ヶ月後の5月、褐藻食2ヶ月後の6月、アワビの成長が停滞し、アルギン酸分解菌の割合が低下する9月、アワビの成長が良くなる11月が特に重要な時期であると言える。 平成30年度のサンプリングで取得した512株の単離株について、多糖類の分解活性等の性状分析は終了しているが、16S rRNA遺伝子配列の決定は、約半分に止まっている。次年度も320株程度の単離株を取得する予定で、単離株の16S rRNA遺伝子配列の決定を昨年度取得の単離株とともに進めていく。 アワビ腸内での発現遺伝子を網羅的に解析する、トランスクリプトーム解析については、研究分担者である守屋が中心となって遂行する。当初の仮説では、大個体と小個体にアルギン酸分解酵素の発現に差があることを想定していたが、これまでのところそのような結果は得られていない。大個体と小個体で発現している主要な遺伝子に明らかな違いが観察されているので、代謝系への関与を解析していくこととなる。 以上のように、培養法と培養を介さない遺伝子に基づく方法の2つのアプローチで腸内細菌叢の代謝系がアワビの成長差に与える影響の解明を進めていく。
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Causes of Carryover |
平成29年度、平成30年度とも、アワビ腸内細菌叢の経時的な変化を捉えるため、当初計画より多めのサンプリングとなった。平成29年度はサンプリングを合計10回、平成30年度は8回行った。サンプリング回数の増加に伴い、取得した単離株は平成29年度640株、平成30年度512株となった。単離株の各種糖質に対する分解能判定や嫌気条件での酸生成能、運動性の判定などの性状分析を優先して進めたため、当初計画していた単離株の遺伝子解析は250株程度に止まっている。培地や単離株保存用の消耗品は当初予定より増加したが、高額となる遺伝子解析用の費用は発生したかったため、次年度使用額が発生することとなった。 単離株の遺伝子解析を遂行するため、次年度に持ち越した予算を使用する予定である。さらに令和元年に5回のサンプリングを計画しており、合計320株程度の単離株を取得する予定である。遺伝子解析には1株あたり1200円程度の費用を予定し、600株程度の解析を予定している。 以上、単離株の性状分析を優先した研究遂行上の都合で、本年度予定していた解析を次年度行うことになったため、次年度使用額が生じることとなった。
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