2017 Fiscal Year Research-status Report
道徳哲学における共感概念の現象学的立場からの再検討
Project/Area Number |
17K13315
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Research Institution | Hiroshima Institute of Technology |
Principal Investigator |
八重樫 徹 広島工業大学, 工学部, 准教授 (20748884)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 現象学 / 倫理学 / 共感 / ヒューム / 道徳心理学 |
Outline of Annual Research Achievements |
近代イギリス道徳哲学と現代の現象学、倫理学、道徳心理学における共感概念の扱いに関する研究を進めた。 近代イギリス道徳哲学については、研究協力者2名の協力を得ながら、デイヴィッド・ヒュームにおける共感概念の広がりと役割、そしてアダム・スミスや現代倫理学への繋がりに関して理解を深めた。特に共感と一般的観点の関係、そして道徳的判断の説明における一般的観点の役割に関する現代の議論について多くの知見を得た。こうしたヒューム解釈上の論点は、現代の道徳心理学で議論されている問題とも密接に関連しており、本研究が今後、共感概念の道徳的意義を再検討していく上で重要である。 現代倫理学に関しては、道徳の基礎を共感に置くタイプの徳倫理学と、それに対する批判を検討する中で、特定の相手に対する共感とより広い範囲に向けられる共感との間の関係、また共感と利他的動機の間の関係をどのように考えるかが共感の倫理的含意を説明する上で重要であるという認識を得た。また、共感主義的な徳倫理学が直面する困難(公正さをどのように担保するかなど)を克服しようとするマイケル・スロートらの試みを検討し、いまだ十分な仕方では困難が解消されていないことを確認した。 道徳心理学に関しては、ポール・ブルームをはじめとする、共感にもとづく道徳に批判的な論者の議論を検討した。ブルームの共感概念は認知的共感(他人の心的状態の理解)や思いやり(広い範囲の他人に向けられる利他的感情)を含まず、また短期的な情緒的経験として考えられている。しかし、共感経験の多様なあり方については、経験科学的なアプローチだけでなく、われわれ自身の経験に即した現象学的アプローチによっても理解を深めていく必要がある。そのことを通じて、「共感はポジティブな倫理的含意をもたない」というブルームらの主張を批判的に検討していくべきである。こうした課題が明確になった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
研究実施計画では、平成29年度は現象学的倫理学とデイヴィッド・ヒュームおよびアダム・スミスの道徳哲学の関連性と相違点の解明に取り組む予定だった。この内容については、「研究実績の概要」にも記したとおり、特にヒュームの共感概念をめぐって多くの知見が得られた。年度途中に広島工業大学に着任したことにより、同大学に所属する研究協力者の萬屋博喜氏(広島工業大学助教)と緊密な協力体制をとれたことが大きい。また、同大学での週1回の自主研究会で徳倫理学の文献を輪読し、スロートらの共感主義的立場とそれに対する批判を検討することができた。 2018年2月には広島で2日間にわたって瀬戸内哲学研究会ワークショップ「共感と倫理」を開催し、研究代表者(八重樫)のほか、ヒューム研究者2名、現象学研究者1名、心の哲学の研究者1名、ケアの倫理の研究者1名が発表し、実り豊かな議論をおこなうことができた。ヒューム道徳哲学における共感と一般的観点の役割、道徳心理学における共感批判の成否、具体的状況の中で痛みと向き合う現象学的倫理学のアプローチ、そして通時的な経験としてのケアと共感といったテーマについて発表と議論がなされた。これらのテーマはいずれも本研究の推進に直接寄与するものであり、当初の予定にはなかったこのワークショップを開催できたこと自体が本研究に予想以上の進展をもたらした。現任校への着任後に瀬戸内哲学研究会というグループに世話人として参加したことが、この成果につながった。次年度以降も同様の研究会・ワークショップを開催し、その成果を積極的に公表していきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は現代の道徳心理学および応用倫理学での共感概念をめぐる議論を検討することが中心となる。 道徳心理学に関しては、ハリー・フランクファートやその影響を受けたより最近の論者の議論を検討し、共感とそれに隣接する概念(ケア、思いやり、受容性、愛など)に関する理解を深めるとともに、現象学的立場からの新たなアプローチを構想する。また、「研究実績の概要」の末尾に記した課題、すなわち「共感はポジティブな倫理的含意をもたない」とする議論に対して現象学的アプローチにもとづいて批判を展開するという課題に取り組む。 応用倫理学に関しては、生命医療倫理、看護倫理、動物倫理などの分野で共感やケアの概念がどのように用いられているかを調査・検討する。またそれを通じて、現象学的倫理学からの応用倫理学への貢献可能性を探る。 以上に関して関連文献の検討を進めるほか、「現在までの進捗状況」にも記したように、関連分野の研究者を招いて研究会・ワークショップを開催し、議論を深める。ケアの倫理を専門とする早川正祐氏(東京大学特任准教授)と、ハイデガー哲学および現象学的倫理学を専門とする池田喬氏(明治大学准教授)と連携し、必要に応じてオフラインの研究打ち合わせをおこなう。研究成果については、本研究によるワークショップのほか、日本現象学会と日本倫理学会でも発表する予定である。
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Causes of Carryover |
年度途中に所属機関が変わったため、着任後1ヶ月ほど本研究の予算での物品購入および出張がおこなえない期間が生じた。これにより当初の執行計画に若干の遅れが発生し、結果として次年度使用額が生じた。 次年度使用額については、研究実施計画で本年度に購入する予定としていたタブレットPC1台の購入に充てる予定である。
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Research Products
(2 results)