2018 Fiscal Year Research-status Report
道徳哲学における共感概念の現象学的立場からの再検討
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17K13315
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Research Institution | Hiroshima Institute of Technology |
Principal Investigator |
八重樫 徹 広島工業大学, 工学部, 准教授 (20748884)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 現象学 / 倫理学 / 共感 / 道徳心理学 / 人工知能 / 心の哲学 |
Outline of Annual Research Achievements |
共感概念を基盤とした現代の道徳理論の現象学的立場からの批判的検討に取り組んだ。 前年度までに得られた成果を元に、現代の徳倫理学および道徳心理学における共感の扱いを現象学的倫理学の立場から批判的に検討した。これらの理論が前提としている人間の心の概念においては、認知的共感、情動的共感、思いやり(compassion)といった異なる働きの区別と関連性が明確ではなく、異なる論者の間で用語上の食い違いが見られる。広く「共感」という語の下でまとめられるこれらの異なる心の働きは、古典的現象学においても現代の現象学的な心の哲学においても重要な研究対象となっており、そこでの知見を参照することで現代倫理学の錯綜した議論に対する批判的視座が得られた。 また近年、人工知能・ロボット研究や心理学・神経科学の分野でも共感は大きな関心の的になっているが、並行しておこなっている別の研究において、これらの分野での共感的経験の扱いについて新たな知見を得ることができた。これらの分野との協働は、倫理学における共感研究にとって重要な課題であるとの認識を得た。他方で、上記の分野でも異なる共感的経験の間の区別と関連性については十分に明確になっていない部分があることが分かり、現象学的な共感研究が重要な貢献を果たしうることが明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
第二年次となる平成30年度は、共感概念を基盤とした現代の道徳理論の批判的検討に取り組んだ。 その一環として、週一回の自主研究会で岡本慎平氏(広島大学助教)や研究協力者の萬屋博喜氏(広島工業大学助教)らと「認識的不正義(epistemic injustice)」に関する文献を検討し、適切な共感を妨げる要因となる偏見的ステレオタイプとその克服について議論した。また、近年の徳倫理学および道徳心理学の議論を検討し、共感とそれに隣接する概念(ケア、思いやり、受容性、愛など)に関する理解を深めた。さらに、人工知能・ロボット工学や心理学・神経科学での共感に関する研究に触れ、本研究の応用面での展開に資する知見が得られた。 成果発表としては、前年度までの成果をもとに、日本倫理学会の主題別討議「現象学的倫理学の最前線」(実施責任者:吉川孝)で、M. シェーラーの現象学的共感論を参照しつつP. ブルームの共感論を批判する内容の提題をおこなった。ヘルシンキ大学で開催された国際ワークショップでも同じ趣旨の口頭発表をおこない、現象学・分析哲学・心理学などさまざま分野の研究者と意見を交わした。以上のようにインプットとアウトプットを並行して進めることができているため、本研究課題はおおむね順調に進展していると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度となる令和元年度は、これまでの研究成果の統合と応用倫理学分野への展開に取り組む。 現代倫理学における共感概念の使用を整理し、現象学的倫理学の立場から批判的に応答する趣旨の英語論文を執筆し、国際学術誌に投稿するほか、国際学会での口頭発表をおこなう。その際、差別や経済的格差といった現代の社会問題にも注意を払う。つまり、不正義をこうむっている当事者に対する共感が偏見などの要因によってどのように阻害されるのかといったことを考慮した立論をおこなう。 応用倫理学分野への展開については、従来念頭に置いていた医療・看護ケアの倫理の他に、環境倫理への展開可能性を探る。具体的には、動物や植物に対して同情する気持ちを現象学的にどのように記述できるのか、またそこにどのような倫理的含意があるのかを考察する。 また年度後半には、研究協力者とともに哲学・倫理学のさまざまな分野での共感に関する議論を検討してきた成果を発表するワークショップを開催する。
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Causes of Carryover |
購入を予定していた書籍の中に在庫切れのものがあったため、その分未使用額が生じた。令和元年度後半に予定しているワークショップに研究協力者もしくは他の講師を招聘する際の旅費に充てたい。
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