2018 Fiscal Year Research-status Report
中世末期アルザスの世俗主題のタピスリーに関する総合的研究
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17K13354
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
高木 麻紀子 東京藝術大学, 大学院美術研究科, 専門研究員 (80709767)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 西洋中世美術 / 世俗美術 / 世俗図像 / タピスリー / タペストリー / アルザス / ストラスブール / 野人 |
Outline of Annual Research Achievements |
報告者の最終目標は中世末期世俗美術の展開の諸相の解明である。本課題では中世末期にストラスブールを中心とするアルザスで制作された世俗主題のタピスリーに注目し、その図像源泉と形成、伝播、機能を、多角的視点から考察することを目的としている。以下、当該年度の研究実績を交付申請時の計画に沿って記す。 1)作品の実地調査/資料収集:NYを中心に、作品の実見調査と撮影、資料収集を進めた。 2)カタログ作成/図像の考察:前年度報告書で述べたように、中世末期の世俗図像の展開という観点から、特に15世紀前半のストラスブールの作例の重要性が浮上していた。そこで、カタログ作成を継続しつつ、15世紀前半の作例の考察を進めた。 注目したのは《野人とムーア人》(1440年頃/ボストン美術館)である。本作は、ムーア人の城に対する野人の襲撃という特異な図像をもつものの、未だ図像解釈に定説がない状況にあった。こうしたなか本作は、当該年度に開催された「中世の怪物たち」展に出品され、図録でも重要作品として取り上げられたのである。報告者はこれを踏まえて本作の図像の再考を試みた。その結果、図像形成に重要な影響を与えたのは、14世紀フランスで登場した十字軍と黒色人種としての異教徒との戦闘場面であると考えられた。ただ注意すべきは、十字軍遠征が中世ドイツのミンネザングのお気に入りの主題であった点であり、本作の図像も全体としては中世ロマンスの文脈に回収され得ると推察されるに至った(この成果は研究室紀要に投稿したところである)。 改めて留意すべきは、15世紀前半のストラスブールの作例の図像が、先立つフランス美術との親近性を示す一方で、後にドイツ文化圏で流行する世俗図像に連なる特徴をも備える点である。そこで最後に15世紀後半の作例の研究を進めつつ、図像伝播の具体相、フランス・ドイツ美術との関係も考察し、成果の最終的統合を目指す。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度には、初年度に得られた成果を基盤とした上で、さらに「研究実績の概要」に記したような新たな知見を得ることでき、その成果の一部を公表する段階に至ることができた。 海外での調査は、ほぼ予定通り大学の春季・夏季休業期間に行うことができた。特にニューヨーク、メトロポリタン美術館クロイスターズでは、中世美術を専門とする学芸員の方の立ち合いのもと、収蔵庫での実見調査が叶い、貴重な知見と写真資料を得ることができた。また、当該年度には、これまで研究の俎上に挙げられることの少なかった本課題に関連するタピスリーが出品された展覧会が2つ開催され、そのどちらにも訪問することが叶った。これも本課題の進展に寄与し、所属研究室の紀要への投稿と、ポスター研究報告へのエントリーにも繋がった。 研究計画の最終年度では、残された課題である15世紀後半のタピスリー群に関する考察をしつつ、特に図像伝播の具体相の解明と受容の考察を進める予定である。最終的にこれらを統括することで、未だ不明点が多かった中世末期アルザスのタピスリーの基本情報が明らかになると共に、中世末期の世俗美術の展開におけるアルザスのタピスリーの位置付けと意義が浮かびあがるだろう。
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Strategy for Future Research Activity |
研究推進に際し当初の計画から大きな変更はなく予定通り進める。29年度は研究基盤の整備を急務とし、30年度はこれに基づき、特に15世紀前半の作例に関する個別研究を進めた。その上で、令和元年は、特に15世紀後半の作例の考察と、図像伝播の具体相の考察を進め、成果の最終的な統合を行い、その公表を目指す。具体的な計画および方策は以下の通りである。 1)現地調査:残されていた15世紀後半の作例の考察を進めるため、フランス(パリ、美術史研究所/パリ、国立図書館など)、イギリス(大英図書館/ヴィクトリア&アルバート博物館など)で調査を行う予定である。渡航期間は大学の夏季休業期間を予定しているが、作品の実見調査には訪問先とのスケジュール調整が重要となるため、その都度臨機応変に対応していく。 2)資料の整理・分析――フランス文化圏とドイツ文化圏を繋ぐ結節点としてストラスブールの意義の考察:特に15世紀後半にアルザスで制作された作例の考察に取り組み、その成果を、30年度に得られた15世紀前半の作例に関する考察結果とを合わせることで、中世末期の世俗美術の展開におけるアルザスのタピスリーの位置付けと意義の解明を目指す。 既に述べたように、《野人とムーア人》を始めとする15世紀前半の作例には、キリスト教的テーマと世俗的テーマとの接近、あるいは混在ともいえる性質が確認でき、これこそが中世末期アルザスのタペストリーの図像を考察する際の要諦と考えられたが、それはまた、中世末期のフランスの宮廷美術がドイツ文化圏へ伝播、展開してゆく際の過渡的特質とも捉えられた。そこで、これまでの研究成果を活かしつつ、この当時のアルザス、フランス、ドイツの諸都市との文化・政治交流を改めて精査し、フランス文化圏とドイツ文化圏を繋ぐ結節点としてストラスブールの意義を明らかにする。 3)最終的な研究成果の公表のため、論文執筆と投稿を行う。
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Research Products
(3 results)