2017 Fiscal Year Research-status Report
ドラクロワによる「反復」制作の意義―アカデミーと前衛の交錯の中での実践と受容―
Project/Area Number |
17K13356
|
Research Institution | Onomichi City University |
Principal Investigator |
西嶋 亜美 尾道市立大学, 芸術文化学部, 講師 (50713781)
|
Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | ドラクロワ / 西洋美術史 / フランス近代美術 / 美術批評 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、19世紀フランスの画家ドラクロワの作品中、同テーマや同構図での繰り返しの制作としての「反復」の全容と意義を、制作過程と受容の両面から解き明かすことを目指している。一年目の平成29年度は、概要把握を終え、事例研究の為の作品調査と文献調査を開始した。 具体的には、概要把握の一環で19世紀フランスにおける反復の事例を比較分類した上で、ドラクロワの画業全体における多様な反復事例を整理した。結果は論考にまとめ、複製図版の表とともに『尾道市立大学芸術文化学部紀要』に掲載した。実例の幅広い検討を通して、(a)構図を変えた同主題の反復と同構図の反復の密接な関係、という本研究申請時の問題意識の有効性が確認された。さらに(b)背景のモチーフや人物の姿勢等の形態を異なる文脈において比較的自由に再利用する例が確認出来たほか、(c)モデルに基づく制作と自他の作品等に基づく構成との使い分けという課題が浮上し、事例や理論の研究により反復の問題を扱う上での新たな指針が得られたのが大きな成果である。 以上のうち、特に(c)に関連して、今後の事例研究・理論研究では、前衛の中でもレアリスムとの関係について踏み込んだ考察が必要になると考える。申請時は、専らドラクロワの作品中の反復を扱う予定であったが、同時代の画家との比較研究は当初の想定以上に有効であろう。なお、すでに開始している事例研究では宗教画、オリエント主題作品、ウォルター・スコットの文学作品を主題とした諸作品の研究を進めている。成果をまとめるのは今後の作業となるが、すでにニューヨーク他で実地作品調査を行い、模写や制作過程の素描を検討した。 また、大学美術館で同僚教員である美術作家たちとともに公開ラウンドテーブル「反復と再制作」を行い、作家ならではの制作論的な視点から多角的に問題を捉えなおすことが出来たことも今後の理論研究に有効である。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究実施計画に詳述した(1)概要把握、(2)事例研究、(3)理論研究の順に検討する。 研究実施計画のうち、(1)「反復」の概要把握に関しては、19世紀フランスにおける反復の諸相とドラクロワのそれを比較整理する論考をまとめたのに加え、その過程で、事例研究のための有効な課題を得られたため、計画以上の成果であった。 他方、(2)の事例研究の中で、『アイヴァンホー』に基づく諸作品に関しては、まとまった形での成果発表に至っていない。この遅れの理由として、平成29年度中はパリでの調査がかなわず、1859年のサロンに関する文献資料の収集と吟味が十分行えていないために、思うような成果が出せていないことが挙げられる。この点に関しては、平成30年度に現地で資料調査を実施したうえで、成果をまとめるか、あるいは別の事例研究に注力するかを判断することとする。 とはいえ、平成29年度のアメリカ東海岸の調査では、次の事例研究の主題となるドラクロワの宗教画作品や、本研究が中心に扱う「自作の反復」に含まれないがそれと密接にかかわる模写などの作例を数多く実見した。この調査をもとに、模写に関する研究を進める一方、次の宗教画の事例研究のための基礎を固める作業も行うことが出来た。 (3)の理論研究については、ドラクロワの『日記』から「反復」の記述に関して検討を加える作業を行うことが出来、この点は計画通りである。さらに、大学美術館にて、美術作家である同僚教員たちとの公開ラウンドテーブルを催し、近代美術史における反復と再制作の話題提供を行うとともに、作家との議論を通して制作論的な観点を得られたことは今後の研究を進めるうえで大きな収穫であった。 以上の進捗状況を総合的に判断すると、資料へのアクセスなどの実際的な問題から部分的な遅れはあるが、別の作業を進められており、概ね順調であると考えられる。
|
Strategy for Future Research Activity |
二年目以降も、基本的には交付申請書に記載した研究実施計画に沿って研究を実施するが、以下に特に二年目について、若干の変更も含めて具体的に計画を記す。 平成30年度は、集中的に事例研究を実施する。まずは、スコット作『アイヴァンホー』に基づくドラクロワの諸作品の研究を継続し、パリでの資料調査を経て成果をまとめる。次に、《介抱される聖セバスティアヌス》(ナンチュア、聖ミシェル教会他)諸作品から宗教画作品の反復の分析に着手し、構図変更の意図や作品受容について考察する。また、オリエント主題の諸作品に関する資料収集や個別の作品研究を開始する。なお、宗教画とオリエント主題作品に関しては、同時代パリの画家たちの制作過程や作例との関係と比較考察が有効であると考えられるため、あえて早急に結果を求めず、平成31年度以降の成果発表を目途として研究を進める。その分、レアリスムとの関係、写実や再現性の位置づけ、完成作と準備素描との関係等の問題にも目配りすることとし、そのために関連する研究会や学会等に積極的に参加することで、異なる時代の実践や、文学等の異分野の議論からも知見を得たい。 以上の事例研究にとって、重要な機会の一つが平成30年春夏のドラクロワ回顧展(ルーヴル美術館)である。会期中にパリに足を運び、展覧会や関連した出版等を通して最新の動向を押さえ、本研究がより確実にフランス近代美術史研究に貢献しうるように、必要があれば今後の作業手順に修正を加える。この時に資料収集も行うが、講義期間中のため滞在は最低限に留めることとし、平成31年春などに再度調査の機会を持ちたい。 理論研究に関しては、美術辞典と美術批評の資料収集から着手し、概要把握で得た知見を生かしつつ徐々に問題系を整理する。画像・文字の資料を効果的に分析するため、資料整理のアルバイトも導入する。
|
Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由は大きく三つある。 第一に、平成29年度は合衆国とフランスで計2度の海外調査を予定していたが、合衆国では複数都市に赴いたこともあってパリでの調査を実施するには旅費に余裕がなく、次年度に繰り越すこととした。第二に、研究の手順の都合上、資料整理のための環境整備とアルバイトの補助を用いた作業を、実際に資料が増える二年目に先送りしたことがある。第三に、平成30年度に大規模なドラクロワ展覧会とともに関連分野の書籍の出版が増える見込みがあったため、書籍購入を控えた。 従って、次年度繰越額は、一部は旅費、一部は資料整理、そして、一部は書籍購入費の足しとして、平成30年度に支出される予定である。
|
Remarks |
MOU尾道市立大学美術館にてラウンドテーブル「反復と再制作」企画、5名の作家とともに登壇(2017年4月26日)。
|