2019 Fiscal Year Research-status Report
A Study of Peter Idley's Manuscripts
Project/Area Number |
17K13416
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Research Institution | Kanazawa Gakuin University |
Principal Investigator |
工藤 義信 金沢学院大学, 文学部, 講師 (70757674)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 中世英文学 / 教訓文学 / 写本研究 / 写本編纂者 / バージョン比較 / テクスト編集と宗教事情・社会事情 / 教訓テクストと教会権威 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度最大の成果は、ロンドン大英図書館が所蔵する1点のPeter Idley写本(以下A写本)の分析結果を示した論文を、中世英文学分野の代表的な国際学術誌を通じて公表したことである。この15世紀の写本に収録されたIdleyのテクストに部分的削除や順序変更が見られることは以前から指摘があったが、そうした改変の経緯・理由については不明とされていた。本論文はまず、写本のページ・レイアウトという要素を考慮に入れることで、これらの削除や変更はこの写本の制作の際に生じた可能性が高いことを示す。その上で、1990年代に新たにIdley写本として同定された写本とA写本との比較を通じ、A写本における複数の新たな削除箇所が明らかになったことを発表する。それらの新証拠を含めてA写本全体の削除・順序変更を吟味することで、変更が加えられた内容に共通点が見られることを指摘し、これらの変更がこの写本の編纂者が意図を持ってテクストを編集した結果であるという説を構築する。さらにその写本編纂者のテクスト編集の意図は15世紀イングランドにおける教会への不信や社会不安を映し出したものであるとする。本研究は1990年代に同定された写本とA写本との比較を通じてバージョン同士の相違を明確にし、Peter Idleyのテクスト研究の前進に貢献している。そして、テクストの改変における写本編纂者の介入というファクターの重要性の再認識を促すだけでなく、テクスト編集の営みと同時代の宗教事情・社会事情との関連を示している点で、写本に焦点を当てた中世後期英文学研究を大きな枠組みとともに深化させるための有用な視点を提供する。作品をただ一つの作品として捉えることの限界を超えて、現存写本一つ一つのバージョンの成り立ちにこそ中世文学の本質があることへの理解を促し、そこに新しいアプローチをもたらすための一例を提示できたのではないかと考える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」で述べた論文の推敲には一定程度の時間を要したものの、予定通り掲載に至った。本年度はケンブリッジ大学が所蔵する別のPeter Idley写本の分析を中心に進めることができた。現地で実物を閲覧調査し、可能な史料については撮影したり、あるいは写真データを入手したりした。それらをもとに分析を進めた結果、前述のA写本とは異なる写本の制作事情・テクストの特徴が浮かび上がりつつある。分析結果の考察を進め、これをケンブリッジ大学所蔵写本のIdleyテクストの特質としてまとめ、次年度の関連分野の学会で報告する予定である。以上、概ね計画通りに現存写本の分析と研究結果の公表を進められていることから、概ね順調に進展していると判断できる。
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Strategy for Future Research Activity |
昨年度より、テクスト自体の特質に関しては一行以上の変更箇所を重点的に分析する方針を定めることで、分析対象と目的をより明確化している。ケンブリッジ大学所蔵写本の分析を詳細に進める中で、中世後期の写本に多く見られる形態である、多様なジャンルのテクストを収録した「ミセラニ―」と呼ばれる形態の中で、Idleyのテクストがどのように機能していたかという問題が浮かび上がってきている。これは、現在中心的に分析を進めている一写本のみならず、他のいくつかの写本にとっても重要な問いであるため、この問いを中心に据えながら、複数の写本の特質の分析・考察の推進を加速させていきたい。これまでのデータ購入や現地での撮影を通じて、現存写本11点及び印刷本1点のうち、写本1点を除いてすべてのアイテムが写真データを確認できる状態にある。次の最終年度は、データを活用して分析可能な調査はできる限り前半ですべて実施し、後半に現地調査を実施して、実物を確認しなければ調査できない内容(紙のサイズ、透かし模様、折丁構成等)を重点的に調査するようにすることで、調査を完了させる。また、これまでの研究から、個々のテクストの特質だけでなく、Idleyの作品の成り立ちについて考えるためのいくつかのポイントが浮かび上がってきているため、これらを重点的に検討することで、プロジェクトを完成へと進めていく。
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Causes of Carryover |
当該年度は、写本の現物調査をケンブリッジ大学が所蔵する複数の写本に絞って実施したことにより、複数の都市で保存されている写本を調査する場合と比較して現地交通費が少額となった。これが次年度使用額が生じた主要な理由のひとつである。最終年度となる次年度は、実物調査未実施の一写本に加え、実物を再調査する必要が出てきた写本の調査を加えると、前年度までに比して長期の現物調査を必要としている。またプロジェクト全体の成果をまとめるにあたり、より多くの新たな文献を必要としている。次年度使用額はこれらの経費に活用する。
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Research Products
(1 results)