2019 Fiscal Year Research-status Report
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17K13464
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Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
山本 佐和子 同志社大学, 文学部, 准教授 (00738403)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 抄物 / 杜甫(杜詩) / 蘇軾(東坡詩) / モダリティ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、中世室町期の「抄物」について、多くの先行説を類聚・列挙した「編纂抄物」の言語研究資料としての性格を明らかにすることを目的として、文献資料の発掘・調査と言語事象の記述研究を行っている。 本研究開始以前の、山本佐和子(2013)「「抄物」と中世室町期の文化―両足院蔵「杜詩抄」の成立を手がかりに―」において、このような編纂抄物が作成される背景には、和漢聯句の流行など、漢籍の受容層の変容とそれに伴う講義や注釈書の需要の拡大がある可能性に言及した。 今年度は当初、次年度(2020年度)に行う予定だった「杜詩抄」以外の編纂抄物についての予備調査を、20年度の校務との兼ね合いで繰り上げて行った。その結果、室町末期~近世初期に公家・武家に広く受容された「東坡詩」(蘇軾の詩)と「古文真宝後集」の抄物を複数見出し、現地調査を行った。本研究では2017・18年度の2年間、建仁寺両足院蔵「杜詩抄」を中心に考察を進めてきた。しかし、現存する杜詩の抄物は2点で、「杜詩抄」自体も諸本が同系統の写本のみであり、先行抄の手がかりも殆どない。成立経緯の解明は、内的徴証(言語事象)に頼らざるを得なかった。しかし、「東坡抄」「古文真宝後集抄」は、原典を同じくする抄物が多く伝存しており、諸本も豊富で、出典となった先行抄の手がかりが多い。上記の抄物のうち一抄については、書誌調査から成立経緯がほぼ明らかとなったため、研究論文で報告した。 また、言語事象では、モダリティ形式「ゲナ」について考察した。抄物間で文法形式の語形や意味・用法に差が認められることがあり、「ゲナ」もその一例である。従来、抄物間の差は、成立時期による言語変化を反映していると説明されることが多い。しかし、「ゲナ」の抄物間の差には、作成者の学統や作成方法の影響が窺われ、今後は、他の言語事象も同様の観点からの見直しが必要であることを指摘できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究開始時の予定では、今年度までに、建仁寺両足院蔵「杜詩抄」と同じく作成に林宗二が関わった編纂抄物、同院蔵「黄氏口義」「東坡抄」の言語調査を併せて進める予定だったが、未だ後者二抄には調査が及んでいない。三抄はいずれも、詩文一作品ではなく語句ごとに、先行抄物の諸説について出典を明示せずに列記するという、未整理のノートであることを窺わせる形態を持つ。内部には、先行抄との関係や作成目的に関わる情報が殆どないため、本研究では、言語資料としての性格を明らかにする手がかりを言語事象と同時期・同ジャンルの他資料に求め、現在までの3年間で、2018年度に和文系抄物の連続性、2019年度に正式な伝授・伝領に対する「私抄」「私記」として位置付けられる見通しを得た。 まず、2017・18年度に行った、文末表現「ぢゃ」「~となり」の統語的・位相的性格の考察によって、編纂抄物の資料的性格を明らかにするには、同時期の禅籍抄物や本邦の古典文学の注釈書(抄物:しょうもつ)、さらに、近世の漢籍国字解との比較が有効であることを指摘できた。 今年度は、編纂抄物である米沢市立図書館蔵『増刊校正王状元集注分類東坡先生詩』(残7巻8冊)と、同時期の書入れ仮名抄である大阪府立中之島図書館蔵『増刊校正王状元集注分類 東坡先生詩』(25巻28冊)について調査を行い、先に成立経緯が比較的明らかな後者について書誌的考察を報告した。中之島図書館蔵『東坡先生詩』の書入れ仮名抄は、作成者の識語から、五山の坡詩講義を正式に伝授・伝領する目的で作成されたことが明らかなものである。一方、米沢市立図書館蔵本は超大型本で、内容からも、身分の高い受容者への献上を目的に作成されたことを窺わせる。 以上の調査・考察により、「杜詩抄」など三抄は、私的に受講し受領した講義や抄物の集大成として作成されたものとして観察できる見通しを得られた。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の期間は2020年度で終わるが、期間内及び今後数年間は、抄物の資料研究として、先行抄との関係が明らかな編纂抄物、米沢市立図書館蔵『増刊校正王状元集注分類 東坡先生詩』(残7巻8冊)と、同じく東坡詩の抄物である大阪府立中之島図書館蔵の同書(刊本は別書)、「笑雲和尚古文真宝之抄」等について調査考察を進め、宗二の三抄については、これらの調査結果を踏まえて、機会を改めて考察することとする。言語資料としても、諸本が揃い、先行抄との比較が可能な上記の各抄が優先されるべきだと考えられるためである。 上記の三抄は、いずれも宗二の抄物に比べて、作成・受容の両面で公的な性格を持つものと考えられる。現在では散逸している抄物が引用されている可能性があり、検証を進めていくほか、一部翻刻を行う。「笑雲和尚古文真宝之抄」の諸本の伝播と版行には、中之島図書館蔵『東坡先生詩』の書入れ仮名抄の筆者・文英清韓が関わっている可能性が高い。写本・刊本で広く流布した右の「古文真宝抄」の諸本の調査から、天正期以降の抄物の成立と受容の様相について考察を進めたい。 また、抄物の言語研究として、本研究で中心としてきた文末表現の考察に加えて、研究代表者が2010年度から12年度にかけて行った室町期におけるモダリティ形式の記述的研究も再開する。室町期の口語資料において、古典語の「ベシ」「マジ」、中世特有の「ウズ」「ゲナ」、現代語に連続する「サウナ」等が混在することは知られているが、資料間の差が、史的変化を示すものか位相・文体差によるものか不明で、当期のモダリティがどのような体系だったのかは明らかになっていない。19年度に報告した「ゲナ」では、抄物「四河入海」に特有の用法が存する。今年度はまず、「四河入海」が主要な原典である中之島図書館蔵『東坡先生詩』仮名抄の「ゲナ」の観察を行う。
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Causes of Carryover |
調査資料の複写物の製本発注(大阪府立中之島図書館蔵『増刊校正王状元集注分類 東坡先生詩』のデータ画像出力、23冊分)が、翌年度になったため。
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Research Products
(3 results)