2018 Fiscal Year Research-status Report
Memories of War, Conflict and Disaster in Handicrafts and Its Potential for Communicating across Borders: A Focus on Chilean Arpilleras
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17K13588
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
酒井 朋子 神戸大学, 人文学研究科, 准教授 (90589748)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 集合的記憶 / 非言語的物語 / アート / 日常 / 展示 / チリ / 政治暴力 / 東日本大震災 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、ことば以外の手法による歴史証言の可能性について、チリの軍事独裁時代に作成されたタペストリーであるアルピジェラや、東日本大震災後の手仕事活動、および展示を通じた集合的経験の交流・伝達に着目しながら探求していくものである。 2018年度の活動としては、9月に長野市松代町の大島博光記念館にて、アルピジェラとその展示の可能性について講演を行った。大島博光記念館は、国内最大のアルピジェラ・コレクションを有する私設博物館であり、松代町地域の文化発信拠点としても機能している。酒井と記念館との交流は五年以上に及ぶものであり、研究と地域文化との協働の可能性を考える上で重要なつながりと認識している。なおこの講演会のもう一人の話者はラテンアメリカ近現代史を専門とする、東京外国語大学名誉教授の高橋正明氏で、現在のチリの政治状況と映画作品との関連についての発表であった。歴史経験に対する文化表現の多様なあり方について伝える場になったと考えている。 また福島県での現地調査を前年度から継続して行っている。内容は主に以下の3つである。(1)2017年の展覧会にて作品を出品していただいた方々のフォローアップ・インタビュー。(2) 楢葉町や富岡町、およびいわき市での聞き取り調査から、福島第一原発近隣地の現在の生活状況や、町のさまざまな場所に見られる「東日本大震災体験の展示」のありよう、原発被災地での「手仕事」が有する意義について調べた。(3) 東京電力が原発事故と事故対応について展示する施設「東京電力廃炉資料館」(富岡町)および福島県が原発事故とエネルギー問題について展示する施設「コミュタン福島」(福島県田村郡三春町)を視察し、東京電力や福島県が展示を通じて伝えようとする原発事故のあり方について調べた。3月末まではこの調査内容をデータ化する作業を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2017年度にチリのアルピジェラおよび東日本大震災と関連する布作品・裁縫作品を展示する展覧会を、国内3箇所で行った。また、アルピジェラ展が生み出す影響や対話について討論する2日間の国際会議に出席した。この会議はコロンビア、ドイツ、フランス、スペイン、イギリス、アイルランドなどから多様な研究領域の若手研究者が集まり英国領北アイルランドで開かれたものである。会議では、日本で開催した展覧会のねらいと成果を報告し、今後の共同研究の可能性に向けた話し合いを行った。 2018年度の研究調査活動としては、2017年度の展覧会の関係者へのフォローアップ調査のほか、震災後7年が経過する原発近隣地の地域社会の様子について調査を重ね、多様なデータを集めることができている。また東京電力および福島県による展示施設における記憶伝達のあり方についても分析を始めている。 理論方面では、政治暴力と戦争の証言における笑いとユーモアの問題を探求した論文が、共著の書籍として出版された。チリのアルピジェラの工房および東日本大震災後の手仕事活動のワークショップ、いずれにおいても、グループ作業の中で交わされる会話の中のユーモアは印象深いものであり、集団的に災禍を経験した人びとが、その痛みに圧倒されずに生活を続けるための技法を考える上で、きわめて重要なものである。アルピジェラや震災後の手仕事作品にしばしばユーモラスで素朴な表現があることとも関連は深い。 2018年度は、10月の職場変更にともない研究活動に分断が生じ、本課題のエフォート率も当初想定していた40%より下がり、20%程度となった。ただし、研究計画立案当初2018年度になると予想されていた国際会議が、2017年度後半に開催となっており、2017年度終了時点で計画を大幅に上回る進展が見られていたことから、全体の研究計画に大きな遅れは生じていない。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度・2020年度は、プロジェクト後半に入ることから、研究活動の成果の発表が中心的な活動になっていく。近年の英米圏の人類学では道徳/倫理について非常に関心が高まっているが、この主題を戦争や政治暴力の集合的記憶との関連で展開し、また非言語的な手法の可能性を探求する形で議論していきたい。その前段階の試論となる論文が、ひとまず2019年8月までに神戸大学社会学専修の学術誌『社会学雑誌』の論文として出版される予定である。さらにチリのアルピジェラおよび福島における記憶実践の事例を用いつつ上記の主題を深めた内容の論文を、2020年の夏までにイギリス・アイルランド人類学会の学術誌に投稿したいと考えている。また戦争・紛争の記憶証言におけるユーモアという主題については、ヨーロッパ社会人類学会の学術誌に投稿する準備を進めており、2019年度内の出版を目ざし努力しているところである。 2017年度の展示について、手法の意義と展示の影響について考察する論文特集を、2020年度に発行される『社会学雑誌』にて発表する予定である。展示に関与した研究者・関係者にも執筆を依頼し、災禍の体験に関わる作品の展示が記憶文化にもたらす影響について、および展示という手法の困難と問題について、多角的に考察したい。 また、2020年に開催される予定の平和博物館国際ネットワークのコンファレンスにて、世界各国でのアルピジェラの展示および保管の実態について、共同報告を行うことを検討している。これは英国の研究協力者および日本国内のアルピジェラ管理者・チリ史研究者と共同発表となる予定で、会議の詳細の決定を待って具体的な準備が開始される予定である。 2019年度には、上記の成果発表のために必要となるフィールド調査も行う。福島県には数回訪れるほか、サンティアゴのアルピジェラ工房にて聞き取り調査を行う予定である。
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Causes of Carryover |
2018年度は、職場異動が生じたため研究活動に中断が生じ、予定していたより少ない調査回数となりました。また書籍や物品の購入も中断しました。ゆえに物品費、旅費など、全体が少額の使用となっています。2019年度には、数回の国内調査、1回の海外調査の費用に加え、2本の英語論文の校正費用がかかる予定であり、またデータ整理のためのアルバイトの雇用を予定していることから、繰り越された額を含め、当初の予定額すベてが使い切られる予定です。
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