2019 Fiscal Year Research-status Report
近世教育メディア史における「無料」の価値―「施印」に着目して
Project/Area Number |
17K13981
|
Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
|
Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | 施印 / 出版文化 / 無料 / メディア / 菱垣元道 / 弘法大師 / 随身 / 教化 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度における研究成果については、以下のような調査と研究に分けられる。 調査面においては、大阪天満宮、堺市立中央図書館、慶應義塾大学、都立中央図書館、鶴見大学、玉川大学、九州大学を尋ね、多くの施印の複写を行った。また、岩瀬文庫所蔵の施印22点の複写を取り寄せた。去年に引き続き『摺物総合編年目録(第二稿)』6184枚のデータ調査を完成させ、施印であることが目録に明記されたもの54点と、明記されていなかったもの9点、あわせて63点を新たに確認することができた。 研究面においては、近世後期大阪在住の陰陽師である菱垣元道の代表作『宝抓取』という施印を事例に、以下二つの研究成果を得た。第一に、『宝抓取』の背景には四つの執筆意図が潜んでいたことがわかった。具体的には、元道の実施する「冬至祭・巳成金祭」への案内、「弘法大師の当役」を務める随身、「陰徳・辛抱・智利」に根差す教訓、そして自分に対して向けられた「無学・売僧・自慢」という批判への反駁であった。先行研究が施印の執筆意図をそうじて「教化」と片づけてしまう通説に異を唱える研究成果である。 第二に、全国の原本調査を踏まえて、『宝抓取』の異本が10点ほども存在したことと、それが合計二十万部も施された可能性が高いことを明らかにした。この両数字の高さは、施印の意味を考える上で極めて重大な発見である。要するに、施印頒布は施主の一時的な気まぐれに見られがちだが、異本が10本もあれば、それが長期間において再帰的に考案された行為であったと結論せざるを得ない。また、近世当時のベストセラーの出版部数は多くても七千部程度であったため、二十万部ともなると、その発信力は場合によっては、商業出版を上回るものであった可能性も否めない。 前者の成果はすでに一つの論文にまとめ学術雑誌に投稿した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
施印の多くは匿名で頒布されるものであり、施主の正体が明記されても、配布に至る経緯などに関する情報がごく僅かである。その点、本年度に着目した菱垣元道は極めて異例な施主であり、施印の理解を予想以上に進展させた事例であった。というのも、本人は15点の施印を頒布しただけでなく、その頒布部数や予算などについて詳細に記録している。また、施印というメディアと、「施す」という行為をきわめて再帰的に記録している。施印をめぐる思想を再現できる重大な柱の一つであることは間違いない。
|
Strategy for Future Research Activity |
2020年度は、施印調査を継続するとともに、去年から取り組んでいる論文執筆を進めたい。具体的には、菱垣元道の施印活動に関しては、去年はその代表作『宝抓取』の執筆意図と出版状況を明らかにしたが、本年度では、その全著作を総括に捉え、元道の「無料」に対する思想を解明する論文を執筆する。
|