2017 Fiscal Year Research-status Report
長波長可視光照射下で高効率に光増感反応を駆動する多核錯体の創製
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17K14526
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Research Institution | Tokyo Institute of Technology |
Principal Investigator |
山崎 康臣 東京工業大学, 理学院, 研究員 (90784075)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 光増感反応 / CO2還元 / 光触媒反応 / 多核錯体 / 電子移動 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題では、エネルギーの小さい長波長の可視光照射下においても高効率な光増感反応の達成を目指し、長波長光を吸収できる光増感剤と、獲得した電子を他の分子へと効率よく供与できるリング状Re(I)多核錯体を連結させた新規の多核錯体の創製を行う。平成29年度では、まずRuジイミン錯体とリング状Re三核錯体を共有結合で連結したRu-Re四核錯体の合成に挑戦した。新規脱カルボニル反応を開発し、既存の有機・無機合成手法と組み合わせることで目的の四核錯体の合成・単離に成功した。得られた錯体は680 nmまでの広い可視領域に吸収能を有していることが明らかになった。この四核錯体を光増感剤とし、CO2還元触媒・犠牲還元剤存在下、600 nmの橙色光を照射してCO2還元光触媒反応を行ったところ、選択的なCOの生成が確認され、その反応量子収率は25%に達した。一方、リング状Re多核錯体を連結しなかった場合、即ち、Ru単核錯体を光増感剤として用いた場合には反応の量子収率が9%であった。これらの結果は、リング状Re多核錯体を連結することで光増感能が2.6倍上昇したことを意味している。 量子収率向上の要因を模索するために、時間分解可視吸収スペクトルを測定した。Ru-Re四核錯体を含む溶液に対し、犠牲還元剤存在下、Ru錯体部を選択的に励起できる532 nmのパルス光を照射したところ、リング錯体部の還元種に由来するピークが即座に観測され、Ru錯体部が光化学的に獲得した電子が速やかにリング錯体部に移動していることが分かった。さらに興味深いことに、Ru単核錯体と比較して還元的消光後の溶媒ケージ内での逆電子移動反応が大きく抑制されていることも明らかになった。これらの結果から、高速な分子内電子移動を介して「一時的な電子プール」であるリング錯体部へと電子移動させることが光増感能の向上において重要であることが示された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題では長波長光照射下において高効率に働く光増感剤の創製を目指すと同時にレドックス光増感反応全般に適用できる普遍的な分子設計指針の獲得を目的としている。平成29年度において、Ruジイミン錯体とリング状Re多核錯体を連結した多核錯体の合成に成功し、実際に得られた多核錯体が橙色光照射下で高効率に光増感反応を駆動できることを見出した。この結果は、当初の予想通り、リング状Re多核錯体を連結することで光増感剤の性能を飛躍的に向上させられることを如実に示している。この光増感能の向上は、時間分解可視吸収スペクトルにより、高速な分子内電子移動反応によって溶媒ケージ内での逆電子移動過程が大幅に抑制されたことに起因していると強く示唆された。 通常の光化学的な電子移動反応では、励起状態の金属錯体が還元剤から電子を奪うと、金属錯体がラジカルアニオン、還元剤がラジカルカチオンとなる。これらのカチオンとアニオンが出会うと電荷の再結合が生じ、金属錯体、還元剤ともに基底状態に戻ってしまうことが知られている。しかし、もし高速な分子内電子移動によって別の部位へと電子を渡すことができれば、還元剤上のホールと電子の物理的な距離が離れ、電荷の再結合速度が大幅に低下すると考えられる。したがって本研究で創製した多核錯体においては、「一時的な電子プール」を導入して素早く電子を移動させることで、光増感剤が光化学的に獲得した電子を電荷再結合によって浪費することなく目的の反応に用いることができるようになり、結果として高い反応量子収率に結びついたものと考えられる。 上記のように電子プールに素早く電子を移すことで光増感能を向上させるという戦略は、すべての光増感剤に適用できるものであり、効率よく働く光増感剤の分子設計指針の一端を明らかにしたことにほかならない。従って本課題の最終目標の達成に向けて順調に前進できていると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度の研究成果から、素早い分子内電子移動反応を利用して、還元的消光過程によって生じる電子とホールの物理的な距離を向上させることが、効率を向上させるうえで重要であることが強く示唆された。分子内電子移動反応を高速化する方法として電子移動の駆動力を向上させることがあげられる。駆動力を向上させるための最も単純な戦略はリング錯体部の還元電位を正側にシフトさせ、光増感部の還元電位との差を大きくすればよいと考えられる。しかし、リング錯体部の還元電位を正側にしすぎてしまうと、リング錯体部から触媒などの別の分子への「分子間」電子移動の駆動力が低下してしまうと考えられる。リング錯体部内の架橋配位子の構造を変えてリング錯体部の電位を系統的に変化させることで、「分子内電子移動」、「分子間電子移動」の両者をスムーズに進行できる最適値を模索する。駆動力に注目しながら最適化を試みることで、広く一般的に用いることができる知見が得られると考えられる。 次にこのようにして得られた駆動力の関係を別の光増感剤の系に適用し、その汎用性を確認する。すなわち、種々の光増感錯体とリング錯体を連結した多核錯体を複数合成し、その光増感能を評価することで、適切な還元電位を有する電子プールを導入することでどのような光増感剤でもその光増感能が向上するかを確かめる。同時にそれぞれの光増感剤の光物性、光化学的特性によって電子プールの影響がどのように変化するかを入念に調査する。 また、リング錯体そのものが特異的に効率よく触媒へと電子を受け渡すことができる理由も模索することで、光増感能を向上させるための電子プールに関する要請を調べ、電子プールを持つ光増感剤における汎用性の高い分子設計指針を明らかにすることを目指す。
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Causes of Carryover |
当該年度において平成30年度からの成蹊大学への異動が決定した。異動に伴う研究環境の変化を加味し、平成29年度中の予算の執行を控えた。平成30年度から所属している成蹊大学応用錯体化学研究室は、金属錯体の光化学を専門としており、これまで所属していた東京工業大学石谷前田研究室と同様の合成・精製作業、分光分析を行う上では全く問題がない。基本的な光反応装置もあり、光照射後の生成物分析も行うことができる。しかし、詳細な光触媒反応の検討の際には不足があり、照射波長の自由度や反応中に得られる溶液のスペクトル情報に大きな制約がある。そこで、平成30年度の予算と合算することで、照射波長を自在に選択でき、光反応中のスペクトル変化を簡便に記録できる反応システムを購入することとした。具体的には島津製の光反応量子収率評価システムQYM-01の購入を検討しており、LED光源との組み合わせることで、吸収スペクトルを測定しながら長時間でも安定した光照射反応を実施できるようになる見込みである。これまでと同様に光触媒化学の専門家である東工大 石谷教授、時間分解吸収スペクトル測定の専門家である産総研 小池博士、九州大学 恩田教授との連携に加え、上記の光反応装置を購入することにより、本研究プロジェクトを遂行する上で必要な測定技術を全てそろえることができ、迅速な研究の進行が実現できると確信している。
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Research Products
(4 results)