2017 Fiscal Year Research-status Report
多階層進化:生物に情報と機能の分化をもたらす原理の理論的研究
Project/Area Number |
17K17657
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
竹内 信人 東京大学, 大学院総合文化研究科, 特任助教 (30749304)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | コンピュータシミュレーション / モデル化とシミュレーション / 遺伝情報の起源 / 多階層進化 / セントラル・ドグマ / 生物普遍性 |
Outline of Annual Research Achievements |
細胞を構成する分子は、次世代に情報を伝える遺伝子とその他の機能を担う触媒に分化している。この分化が生じる理由の候補として我々は、細胞の階層で起きる進化と分子の階層で起きる進化の対立に着目した。今年度の研究で我々は、この対立的多階層進化によって鋳型と触媒の分化が引き起こされ得る事を原始的細胞(プロト細胞)の個体ベースモデルによって示し、さらにこの結果を数理的に説明する事に成功した。 我々のモデルは、触媒活性を持つ2種の自己複製分子を内部に複数含むプロト細胞を想定する。細胞は自らの増殖速度を上昇させる為、内部分子の触媒活性を最大化する方向へ進化しようとする。一方で、分子は細胞内において自らが鋳型となる頻度を上昇させる為、その触媒活性を最小化する方向へ進化しようとする。モデルの解析の結果、このような相矛盾する進化的傾向が細胞と分子の階層で働くことにより、分子の間で3種類の対称性の破れが生じる事が分かった。第一に、分子のうち一方の種類は触媒として働き、もう一方は触媒活性を失い鋳型としてのみ働くようになる。第二に、鋳型分子は触媒分子に転写されるが、触媒分子が鋳型分子に逆転写される事はない。第三に、触媒分子のコピー数は鋳型分子のそれよりもずっと多くなる。これらの非対称性が合わさりセントラルドグマが成立する。さらに我々は上の結果を理解する為、個体ベースモデルを単純化した数理モデルを作成し、これをPrice方程式を用いて解析した。その結果、対立的多階層進化と分子間の非対称的な情報の流れの間に正のフィードバックループが形成され、これが対称性の自発的破れを引き起こす事が分かった。 本研究は、分子生物学の基本原理であるセントラルドグマが成立する理由を、理論的に説明する事に世界で初めて成功した。また本研究は、対立的多階層進化がこれまでの進化理論では説明できない現象を説明できる事を示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初は個体ベースモデルの計算機シミュレーションによる解析のみを計画していたが、単純化した数理モデルを解析的に調べることに成功したおかげで、モデルの結果についてより深い理解に到達することができた。これは予想外の進展であった。
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Strategy for Future Research Activity |
29年度に得られた結果をもとに30年度の出来るだけ早い時期に論文を完成させ投稿する。 それ以降30年度に実施する研究では、多細胞生物における生殖細胞と体細胞の分化が、対立的多階層進化により起きる可能性を個体ベースモデルを用いて調べる。このような細胞分化の進化をモデル上で再現するため、細胞の増殖や分化のダイナミクスを取り入れた個体ベースモデルを以下のように作成する。 本モデルにおける階層間の進化的対立が生起する機構として、以下のような出来るだけ単純なものを考える。まず、個体は生長に必要な基質をめぐり他の個体と競争するとする。一方、細胞もまたその基質をめぐり同一個体内で他の細胞と競争するとする。この2段階の競争について次のトレードオフがあると仮定する。すなわち、細胞は自分が獲得する基質の量(個体内での相対量)を増やすには高分子Aを生産しなければならないが、個体全体が獲得する基質の絶対量を増やすには高分子Bを生産しなければならない。つまり、細胞レベルではAを生産する方が有利で、個体レベルではBを生産した方が有利である。これにより細胞と個体の間で進化的対立が生じる。またモデルに細胞分化の可能性を与える必要もある。この点について先行研究に倣い、非線形な細胞内動態と細胞間相互作用を取り入れる。具体的には、細胞はAやBの他に複数の高分子(転写因子)を生産し、これらは互いの生産を制御するネットワークを構成するとする。またこれらの分子は細胞外に拡散し、細胞間相互作用を生じさせる。 31年度は上記のモデルの解析を、研究実施計画に基づいて行う。
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Causes of Carryover |
前倒し支払い請求書に書いた事由により本年度は高機能計算機を当初の計画にあった1ノードのものではなく2ノードのものを購入した。その購入費を、前倒し支払い分に加えて、本年度使用する計画だった旅費を他の研究資金(運営費)から支出することでまかなった。計算機の購入にあたって、複数社に見積もりを出してもらったところ、価格には多少のばらつきがあり、必要な仕様を満たすものを選んだ結果、実際の使用額に計画との違いが出た。翌年度分として請求した助成金と合わせて、翌年度は、「今後の研究の推進方策」に書いた論文の英文校閲費用や、論文執筆や学会発表に必要な電子機器や書籍の購入などに使用する計画である。
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