2018 Fiscal Year Research-status Report
ヴァーチャル・リアリティ・モデルによるカッパドキア岩窟聖堂の編年構築の試み
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17K18461
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Research Institution | Kanazawa University |
Principal Investigator |
菅原 裕文 金沢大学, 歴史言語文化学系, 准教授 (40537875)
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Project Period (FY) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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Keywords | 西洋中世美術史 / キリスト教美術 / ビザンティン美術史 / ビザンティン建築史 / カッパドキア / 岩窟聖堂 / 写真測量法 / 3Dモデル |
Outline of Annual Research Achievements |
世界遺産のカッパドキアには1500以上(壁画が残る聖堂は内250強)の岩窟聖堂が残り、ビザンティン様式の確立期にあたるポスト・イコノクラスム期の作例を多数擁する類まれな地域である。これまで同地の聖堂の編年は専ら絵画様式による年代比定に依り、編年の精度は半世紀が限界であった。他方、聖堂の残存数に対して建築史的研究は些少であり、建築史による編年は未だ構築されていない。また現時点までに絵画様式による年代比定以上に精度の高い科学的分析の結果は出ていない。 筆者はカッパドキア岩窟聖堂の文化資源的な活用法を模索してきた。写真測量法によるヴァーチャル・リアリティ・モデル(以下VR)では聖堂の構造、各部の形状、図柄、図像の配置、色彩が正確に再現される。そのため、VRはこれまで有効な研究成果の発表手段や未公開・修復中の聖堂の代替公開手段のみならず文化財保護に対する教育普及への寄与も期待されてきた。しかし、VRの長所に着目して研究手段として活用した研究はなされていない。 本研究はVRモデルを介して考古学・建築史・美術史の研究手法を駆使し、多角的な視点からカッパドキアの編年の精度を高めることを目的とする。本研究の編年構築法は、年代の特定が困難だった全てのモニュメントに応用可能なだけでなく、美術史・建築史・考古学・文化財科学を学際的に融合させた好例となる。さらに、VRは可視的な写真データの集積であり、最新の研究成果を随時反映できるため、遠からずVRモデルは美術史・建築史・考古学・文化財科学に不可欠の研究資料・手段になる。ゆえに、本研究には来るべき研究環境の変化を見据えた3Dドキュメンテーションという意義もある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究では当初、10世紀後半の単廊式バシリカ、あるいは単廊式を南北に平行に並べた二廊式バシリカを対象とし、岩窟聖堂の編年を検討する予定であった。というのも、両者ともに構造がシンプルであり、VRモデルを構築しやすいという利点があったからである。また、その編年構築には、従来の美術史的な絵画様式の検討に加えて、建築部位・意匠のセリエーション構築という考古学的な手法、聖堂各部の比率からカノンの有無を探る建築史的な手法を導入した。しかしながら、セリエーションの構築には多数の作例を要し、また聖堂各部の比率も一定ではないため、当初計画していたように編年を構築するには依然として至っていない。 しかしながら、写真測量法によるVRモデルは写真を複数枚組み合わせて作成されるため、原理的に壁画と壁面は厳密な意味で一致している。さらにVRモデルでは壁画というテクスチャを除去して、壁面の形状を観察することが可能である。このVRモデルの特性を利用し、壁面に残された手斧や鑿による掘削痕のパターン分析により編年構築の補助的手段が得られるのではないかとの考えた。 そこで、ギョレメとオルタヒサルに残る11世紀後半と目される聖堂を対象として掘削痕のパターン分析を試みた。具体的には、ギョレメに残る「ユランル・グループ」と総称される3聖堂、オルタヒサルに残る2聖堂が分析対象である。その結果、次のことが判明した。掘削痕のパターンは近隣の聖堂で酷似し、地域が異なればパターンも異なる。このことから、工匠集団は工房内で独自の技法を継承した。おそらく工匠たちは聖堂のある地域に工房を構えていたようにも思われる。 さらに工匠と画家との協働体制も浮かび上がってきた。ユランル・グループを担当した工匠は壁画を描く壁面のみを平らにならした。これは写本制作における写字生と挿絵画家のように、壁画を描くべきかを予め計画していた結果と考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでカッパドキアの岩窟聖堂の編年は、建築史的な観点からはなされず、もっぱら絵画様式による年代比定に基づき、精度も半世紀が限界であった。しかし、上述の掘削痕のパターン分析を加味することで、以下のように岩窟聖堂の編年は複眼的な検討が可能になる。 上述の5聖堂は全てこれまで絵画様式に基づいて大まかに11世紀後半と位置付けられてきた。絵画様式からオルタヒサルの2聖堂は11世紀中葉に、ユランル・グループは11世紀後半に位置づけられ得る。それぞれの掘削痕のパターンをみると、オルタヒサルのジャンバズルでは全ての面が平ノミ等によって均等に整形されたのに対し、近接するアリ・レイスでは一部ツルハシなどによる掘削痕がそのままにされている。両者とも壁画制作が中断されたことも踏まえると、ジャンバズルが先に着手された後にアリ・レイスも着手されたと考えられる。 ついでユランル・グループの3聖堂では、全面をノミで仕上げて壁画も全面に描かれたサクル、壁画の描かれる部分のみノミで仕上げられたユランル、壁画の描かれる部分でも一部はノミによる仕上げが成されなかったアギオス・バシリオスの順となる。 以上のことから、マンツィケルトの敗戦(1071年)以前の寄進者には、壁面を丁寧に仕上げてもらうだけの経済的・心理的な余裕があり、敗戦後には壁画を描く部分だけをならして満足せざるをえなかったと考えられる。 このように掘削痕のパターン分析を加味することで、岩窟聖堂の編年は複眼的な検討が可能になる。今後はギョレメ周辺域を中心にさらに掘削痕のパターンを収集・分類し、分析し、この地域の聖堂の聖堂の編年を精緻化して編年構築のモデルケースとする。高解像度の掘削痕VRモデルの作成に必要な写真の撮影法には試行錯誤を要するが、これについては本年度6月に実施する調査において実地で模索するものとする。
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Causes of Carryover |
当初、2019年春季にカッパドキアでの調査及び3Dモデル作成に必要な写真の撮影を計画していたが、本学入試実施委員に任命され、カッパドキアに行くことができなかった。 本年度に請求した助成金は、夏季・冬季2度実施予定の調査費用、スペインで開催予定の国際学会への渡航費用、3Dモデルを製作するための費用に充当する予定である。
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Research Products
(2 results)