2017 Fiscal Year Research-status Report
Innovative technology development for conservation and exhibition of sinking ships
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17K18515
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Research Institution | Nara University |
Principal Investigator |
今津 節生 奈良大学, 文学部, 教授 (50250379)
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Project Period (FY) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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Keywords | 沈没船 / 保存処理 / トレハロース / PEG / 硫化鉄の劣化 / 環境維持 |
Outline of Annual Research Achievements |
海底から発見された沈没船は“海のタイムカプセル”とも呼ばれる。財宝の発見ばかりでなく積み荷や生活を探る貴重な文化財が手つかずの状態で腐らずに船内に残されており、地上や地下の文化財にはない一括資料として重要である。また、船体も造船や航海技術を知るために重要であると共に、博物館では当時の姿を伝える迫力ある展示物として人気がある。しかし、海底から引き上げられた沈没船等の水中文化遺産の保存は、3つの深刻な問題を抱えている。深刻な問題とは、①保存期間が長期間になること、②設備や運営に莫大な費用がかかること、③保存処理後に高湿度環境で船体の劣化が進むことである。本研究の目標は上記の沈没船の保存に共通する世界的な問題を解決することである。これらの問題を解決して水中文化遺産の保存・展示のための革新的な技術を開発することである。特に本研究課題では、世界各国で深刻な問題になっている保存処理後に高湿度環境で船体の劣化が進む現象の解決に焦点を当てる。本研究はヨーロッパを中心に実施されてきた沈没船の保存に伴う問題点に学びながら、保存と展示を中心に実験的研究を行う。特に、東アジアの高温多湿環境にも適用できる保存方法の開発を目指す。本研究課題では沈没船の保存に関する世界共通の問題を解決するために、ヨーロッパ・アジアの研究者が協力して実施する国際共同研究として実施する。 本研究を進める上で、日本で唯一、沈没船出土遺物の継続的な保存処理が実施されている長崎県松浦市鷹島海底遺跡の元寇沈没船と東南アジアのタイ国で2013年に発見された9世紀の沈没船の出土遺物を対象に研究を進めている。 本研究の成果は、鷹島海底沖で発見された元寇船をはじめ、東アジア諸国で発見された沈没船の保存と保存施設の環境維持にとって画期的な技術開発となるとことが期待される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
東アジアの環境で海底から引き上げられた沈没船等の水中文化遺産を安全かつ経済的に保存・展示するためにはヨーロッパで発展したこれまでの保存方法を大きく変革し、東アジアの環境に適応した新しい保存法に転換させることが必要である。北欧で生まれたPEG含浸法は最も普及した保存方法ではあるが、沈没船を保存する際には様々な問題が指摘されている。近年、問題になっているのは、鉄釘などに含まれる鉄イオンが触媒となって木材強化のために含浸したPEGを分解して吸湿性の強い低分子の物質を生成することである。船体に使われた鉄釘の周囲に鉄錆から生成する硫酸とPEGの分解による吸湿性物質の発生によって黄白色に変色し周囲の木材も加水分解を起こして劣化する。沈没船を展示しているWasa号(スウェーデン)やMeary Rose号(イギリス)、新安沈船(韓国)ではこの問題が深刻化している。これらの博物館では巨大な沈没船の展示空間全体の湿度を常に53%RH以下に制御するなどの対策が実施されている。しかし、高温多湿の東南アジアでは上記のような劣化の連鎖のリスクがさらに高まることが予測された。 そこで、日本で開発が進んでいるトレハロース含浸法を用いて保存処理を実施することにした。トレハロースの耐湿性によって保存処理した木材は湿度95%RHに達するまで吸湿しないので、東南アジアのような高湿度環境でも安定して保管できる可能性が高い。さらにトレハロースは鷹島海底遺跡の保存処理遺物の安定性が証明しているように、イオン化した金属元素を含む不安定な物質とトレハロース2水和物が共存することによって、木材中に残存する塩類によって生じる金属イオン化合物の潮解性や酸化作用を抑制する効果が期待できる。 現在、鷹島沖海底遺跡出土遺物の劣化状態調査を行うと共に、タイで発見された沈没船では、トレハロースを使った保存処理実験を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
鷹島沖海底遺跡出土遺物の劣化状態の調査を進める。木材に打たれた鉄釘に含まれる硫化鉄が高湿度環境下で硫酸鉄に変質すること、変質の過程で硫酸を発生し鉄釘周辺の木材を劣化させると共に木材の含浸強化剤であるPEGを分解して酸を発生させる負の連鎖を確認した。タイの沈没船では、高湿度環境における出土遺物の保管環境を踏まえて95%RHまで吸湿しないトレハロースを使った保存処理実験を進める。 ①金属イオン化合物に対するトレハロース含浸処理の効果 鷹島沖海底遺跡出土遺物の劣化状態を踏まえ、PEGで保存処理した実験材を恒温恒湿試験器に入れて劣化試験を行う。高湿度環境における劣化促進試験によって、(1) 可溶性塩類が鉄釘を腐食しているかどうかを鉄釘周辺の腐食性生物をサンプリングしてX線回折等で分析する。(2)海底出土の木材に含まれる水和硫酸塩が高湿度環境下で硫酸を生じて木材を劣化させているかどうかをpHの変化を指標に検討する。(3)鉄イオンが触媒となって木材の強化含浸剤を分解し吸湿性の高い低分子の物質を生成する現象を検討する。(4)PEG含浸処理後にトレハロースを塗布した場合の防錆・耐湿効果について評価する。 ②東南アジアの高湿度環境における安定的な保存処理の可能性 タイで発見された沈没船の船体の大部分はまだ土中にあり本格的な発掘調査を待っている。すでに引き上げられている脆弱な土器や陶器、船体の木製部材、積載された有機遺物などを対象に脱塩を終えた遺物から徐々にトレハロースを使って保存処理を実施すると共に、現地の高温多湿の保管環境で安定的に維持可能かを検証する。また、現地の状況に合わせた安全で効率的な含浸処理を検討する。 研究成果を2018年7月に開催される日本文化財科学会で研究発表する。また、水浸考古遺物保存の国際学会(ICOM-CC)を目指して論文執筆を進める。
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Causes of Carryover |
2017年に安全で効率的な含浸処理の検討にそった新しい機器の製作を予定して予算計上した。しかし、先ずは基礎的な実験結果を公表した上で実験機器の製作にあたるのが良いと判断して、2018年7月に開催する日本文化財科学会第35回大会で基礎実験の結果を公表した後に実験機器の製作にあたることにした。現在、すでに具体的な設計を終えて実機の製作段階に達しており、学会で意見交換をもとに設計を調整した上で機器の製作を行う予定である。
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