2017 Fiscal Year Research-status Report
Discipline by the Market and Discipline by the Ownership: Ownership Structure and Management Efficiency of Joint Stock Companies during Japan's Industrial Revolution
Project/Area Number |
17K18558
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
中林 真幸 東京大学, 社会科学研究所, 教授 (60302676)
|
Project Period (FY) |
2017-06-30 – 2020-03-31
|
Keywords | 経営者のモラルハザード / 情報の非対称性 / 企業の所有構造 / 所有の規律 / 市場の規律 |
Outline of Annual Research Achievements |
1. パネル・データの構築 1878-1910年に東京株式取引所に上場されていた株式会社の財務と所有構造に関するデータを、丸善雄松堂企業史料統合データベース(財務諸表の画像データ)から得られる限り、全て入力し、当該期の株価データと結合させ、現代の企業会計に合わせる作業を行った。次いで、株式所有構造のデータを財務諸表末尾に付属する株主名簿から構築した。そして、東京株式取引所が発行した場内取引の記録には現れない、店頭取引における株価のデータを新聞から採集することにより、財務データと株式構造データを無駄なく使えるデータ時点数を確保した。
2. 仮説 現実の経営者は多くの場合、リスク回避的である。また、総資産利益率(ROA)と異なり、株主資本利益率(ROE)は、レバレッジ(借入や社債発行)を高めることによって、短期的には機械的に引き上げることができる。そして、経営者がリスク回避的であるならば、市場が十分に効率的ではない場合、投資家は、経営者が投資家を偽って過大なレバレッジをかけ、ROEを引き上げる可能性を承知していながら、ROEという近視眼的な指標によって企業を評価し、自己実現的に、レバレッジを歪めてしまう。この見通しから、以下の3つの仮説を立てた。H1: 株式市場が十分に効率的ではなく、経営者によるレバレッジの歪みを許してしまうとき、ROEの変動係数はROAのそれよりも小さくなる。H2: 十分に効率的ではない市場においては、社長への株式所有の集中にともなってROAは増大する(経営者のモラル・ハザードにより、所有の分散にともなってROAは低下する)。H3: 十分に効率的ではない市場においては、社長への株式所有の集中が過大な社債発行を抑止する(所有の分散は過大な社債発行につながる)。 完成されたデータベースを用い、この仮説の検証に着手している。推定式の符号はそれらを指示している。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1. 東京大学社会科学研究所における共同研究事業 申請者は比較制度分析を分析枠組みとする経済史を狭義の専門分野として、経済学研究に従事してきたが、2010-2013年度に、所属する東京大学社会科学研究所の共同研究事業「ガバナンスを問い直す」に加わり、田中亘(会社法)と共に、所内外の会社法、民法、ファイナンス、ミクロ経済学、経済史の専門家から構成される企業統治研究班の統括を担当することとなった。この共同研究の成果は、田中亘/中林真幸編『企業統治の法と経済-比較制度分析の視点で見るガバナンス』有斐閣,2015年としてまとめられている。この共同研究が、本計画の着想に至る直接の契機となった。
2. 課題の発見 この共同研究において、日本を含む先進各国の株式市場と企業統治について、数量的な歴史研究が決定的に不足しており、概して1970年代以前の状況はほぼ分からない状況であることに気付いた。1980年代以降、日本を含む先進国は、株式市場機能の再強化を柱とする構造改革を進めてきているが、規制が強化される前の自国市場に関する具体的な知識を持たないままに進められてきたのである。日本の現状をより良く理解し、また、日本を追いつつある新興国に対する政策的含意を得る必要から、本研究につながるデータベース構築に着手し、その暫定的な結果を中林真幸,「黎明期の企業統治と資本市場-東京株式取引所上場企業の財務と統治と株価」,田中/中林編前掲書,187-209頁.として発表した。この成果は飽くまでも暫定的であり、理論的にも実証的にも抜本的な拡張が必要であると認識し、本計画の申請に至った。
3.運営費交付金等による準備研究 このように、本計画は、所属機関の運営費交付金による探索的研究によって着想された。運営費交付金による種苗(seeds)育成的な過程を経ているために、当初計画通りの成果を得られていると考えられる。
|
Strategy for Future Research Activity |
1. 実証分析の推進 入力されたデータから、株価、ROA、ROE、銀行借入、社債発行残高、社長の株式保有比率を始めとする所有構造変数を作り、株価系列と結合させて、1) 市場がROEのみを評価し、ROAを評価しない(高いROEに対してのみ高株価を与え、ROAに対しては反応しない)、あるいはROEのみを予測し、ROAを予測しないといった傾向が観察されるか否か、2) 社長の所有比率を始めとする所有構造変数は頑健な経営成果指標に影響を与えたか否か(ROAを向上させたか否か)、 3) 社債発行残高が過剰になるような歪みが観察されるか否か(ROEを短期的には機械的に引き上げるが、長期的には利払いによって利益率を引き下げる近視眼的な社債発行が行われていたか)、を調べる作業に着手している。これまでに得られた結果は、予想通り、100余年前の若い東京市場は非効率的であり、ゆえに投資家は近視眼的にROE経営を評価し、特に中下位層の企業の経営者もそれに反応して過大な社債発行を行う一方、社長の持株比率が高い場合にはその弊害は緩和された、というものであった。頑健性の点検のために、さらに推定を改善する作業を行う。
2. 国際的な研究交流 経済学、特に実証研究を含む応用経済学の研究においては、中間的な成果を国際学会において発表し、意見交換によって内容を改善すると共に、新しい視角の研究が進みつつあることを発信、拡散することが死活的に重要である。暫定的な結果を国際学会において積極的に発表し、結果の改善につなげたい。
|
Causes of Carryover |
中間的な成果は適時、国際学会において報告する計画であるが、計画後半期において、より水準の高い学会において採択される確率が高まることが見込まれたことから、海外出張計画の一部を、後年度に繰り延べることとした。 また、第一次のデータ構築が円滑に進んだ一方、分析の精度を高めるに当たって、計画後半期においてデータの精査および修正に必要な人件費を厚く引き当てることが望ましいと判断し、これについても、一部を後年度に繰り延べることとした。 上記の理由により、海外出張旅費と人件費の一部を後年度において執行する計画を立てた。したがって、使用計画として海外出張旅費と人件費を予定している。
|