2017 Fiscal Year Research-status Report
「ノンエリート大学」に学ぶ学生の「生き直し」をめぐる哲学的研究
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17K18663
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Research Institution | Sapporo University |
Principal Investigator |
荒木 奈美 札幌大学, 地域共創学群, 准教授 (20615182)
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Project Period (FY) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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Keywords | 臨床教育学 / 大学教育 / ナラティヴ的探究 / 協働的リフレクション |
Outline of Annual Research Achievements |
居神(2010)の定義した「マージナル大学に学ぶノンエリート大学生」は、その「発達的な多様性」ゆえに様々な生きづらさにさらされている。本研究は、この現実を鑑み、それぞれの環境の中で各々の入学目的にしたがって大学生活を送っている学生たちを「『ノンエリート大学』に学ぶ学生」と定義し直し、彼らの語る言葉を受け止め、対話を繰り返すことで見えてきた実像を可視化することを目的としている。10名前後の学生を抽出し、自由対話の形式により月に1度のインタビューを繰り返す。その上で実際に見えてきた「発達的な多様性」から、「エリート養成」ではない教育機関であるからこその「ノンエリート大学」の積極的な意味を問い直したい。 昨年度は10名の学生に対し平均3回程度のインタビューを実施し、実際に学生たちの「発達的な多様性」を肌で実感した。大学生の自己形成に携わる研究を続けて7年になるが、どのような研究書を読んでも見えてこなかった学生たちのリアルな迷いやとまどいが言葉になって迫ってきた。学生たちの多くの現在の生きづらさは、初等中等教育の中における人間関係がもとになっていること、家庭教育の影響が想定していた以上に大きいものであることを実感し、何より彼らは大学の4年間で過去の自分自身を問い直し、「生き直し」をしたいと考えていることに気づいた。 本研究の重要性は、何をおいても「もの言わぬ学生」の内面を無理のない範囲でゆっくりと引き出すこと、「積極的に自己の課題を問い直して自ら『成長』したい学生」に対して対話の力でその思いを後押しするところにあると考えている。その上でできるかぎり彼らの「生」の言葉を引き出し、その決して一括りにはできない「多様性」をそのまま示すことが実現できれば、それこそが本研究の意義に他ならない。
居神浩(2010)ノンエリート大学生に伝えるべきこと,日本労働研究雑誌 52(9), 27-38
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究課題を設定した当初は、学生たちが簡単に言葉にできないような思いを、対話の中でいかに読み取るかということばかりに気持ちが行っていたが、実際に対話を始めてみると、むしろ語られた言葉の中にこそ、彼らのとまどいや抱えきれない思いが溢れ出ているということを実感している。本研究は「哲学的研究」として、Ricoeur(1983)の「物語的自己同一性Narrtive Identity」の「自己性ipseite」をキーワードに、対話の中から「その人が語らなかった言葉」を拾い集めることを目的としていたが、今後はClandinin(2000)のナラティヴ的探究(Narrtive Inquiry)の方に力点を置きながら、「探究者Inquirer」として対話を方向付けながら、学生たちが「生き、語り、生き直し、語り直す」姿を可視化することに徹し、「語られた言葉」の方によりいっそうの注意を傾けながら、対話を続けていきたいと考えている。 また本研究で得た気づきは、「ノンエリート大学」と括らずとも、現在の大学生の普遍的な問題なのではないかという思いも湧いてきている。対象学生の選定に手間取りスタートこそ遅くなったが、率直な考えを語ってくれる協力的な学生たちと環境に恵まれ、学生たちの「発達的な多様性」を実際肌で感じることができている。次年度は対象学生を12名に増やし引き続き対話を繰り返すとともに、研究計画に沿った「ノンエリート大学」の積極的な意味付けのみならず、もう少し広く今の大学生に共通する問題ではないかという意識とともに、さらに研究を深めていきたい。
Clandinin, D. J.(2000) Narrative Inquiry, Jossey-Bass Ricoeur, P. (1983) Temps et Recit 1, Edition du Seuil(久米博訳『時間と物語Ⅰ』新曜社1987)
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Strategy for Future Research Activity |
平成30年度は、12名の学生との対話を行う。学生たちはこの対話の機会を通して設定した「自己課題」をそれぞれ設定している。ゼミナールや課外活動(教職アクションプログラム)における地域活動を通して人との関わりの中で自分自身の生きる役割を発見しようとしている学生、作家になるという将来的な目標にもとづいた文学解釈の積み重ねなどから自分自身の感受性のありかを整理しようとしている学生など、さまざまである。今後はこの彼らの「自己課題」に着眼しつつ、これまで以上に計画的かつ主体的な大学生活を送るようになってきている学生たちの対話に熱心に耳を傾けながら、対話の方向付けと「語られた言葉」から見えてきたさまざまな気づきを可視化していく。上記以外の特別活動としては、具体的には下記の内容を計画している。
① 北海道臨床教育学会研究発表(平成30年7月15,16日 北海道教育大学釧路校)大学生の「生き直し」に関する研究報告 概要 インタビュー学生の中の一人の聞き取り内容をもとに、大学生がリアルに抱えてきた対人関係上の問題や将来計画に向けての葛藤を報告する。当該学生自身にも登壇してもらい、他のインタビュー学生(3名)も交え、ラウンドテーブル形式の自由対話を行う。
② 日本臨床教育学会研究発表(平成30年9月29,30日 東大阪大学)臨床教育学におけるリフレクションとは何か 概要 学生との対話を繰り返しその意味を可視化する本研究課題の方法は、まだそのやり方も見えてくる意味も定まらず、研究者自身、迷いや戸惑いのさなかで研究を進めざるを得ない。その中で重要となるのは研究者自身の揺らぎを受け止め寄り添いつづけてくれる「仲間」の存在にほかならない。この観点から協働的リフレクションの方法と意義を明らかにする。
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Causes of Carryover |
当該年度の立ち上げ時にインタビュー学生の選定に手間取り、計画していた回数のインタビューを実施できなかったことが未使用額が発生した一番の原因である。次年度は学会発表も控えており、6月から7月にかけて対象学生のインタビューを増やすことになっており、未使用額は主にこのための人件費に計上する計画である。
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Remarks |
「札大臨床教育研究」というタイトルで、研究成果報告を兼ねた大学での活動報告を目的とするサイトを管理運営しています。日本語ドメインで作ったサイトのため、URL情報として掲載することができませんのでこちらに掲載します。 タイトル「札大臨床教育」 URL http://;札大臨床教育,jp
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