2017 Fiscal Year Research-status Report
遷移金属ダイカルコゲナイドにおけるバレーカロリトロニクスの学理構築
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17K18748
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
井手上 敏也 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 助教 (90757014)
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Project Period (FY) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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Keywords | バレートロニクス / 熱輸送 / ホール効果 / 励起子 |
Outline of Annual Research Achievements |
遷移金属ダイカルコゲナイドの一つである二硫化モリブデン単層劈開試料を作製し、そこに光を照射して生成した励起子の温度勾配および化学ポテンシャル勾配による輸送を、励起子が再結合する際に試料から生じるフォトルミネセンスの円偏光分解によって調べることで、有望なバレー物質である単層遷移金属ダイカルコゲナイドにおける光誘起励起子バレー流の振る舞いを調べた。 その結果、光誘起励起子が単層遷移金属ダイカルコゲナイドMoS2中を長距離輸送され、それと同程度の距離バレー情報も保存されることを明らかにし、バレー編極励起子がバレー情報を伝達する有望な素励起であることを実証した。 さらに、前述光誘起励起子バレー流の劈開試料中の縦方向の輸送のみならず、横方向の軌道を調べることで、バレー偏極した励起子がそのバレー自由度を反映した横方向の運動をするホール効果を示すことを発見した。観測された励起子ホール効果のホール角は巨大であり、励起子の内部自由度がホール効果発現にとって重要であると同時に、励起子バレーホール効果がバレー自由度制御にとって極めて大きなポテンシャルを持っていることが示唆された。 また、試料形状依存性を詳細に調べ、細長い試料の試料端に光を照射した時のみ励起子ホール効果が観測されることを確認し、ホール効果が観測されるためには試料中に温度勾配および化学ポテンシャル勾配が特定の方向に生じることが必須であることを明らかにした。さらに、円偏光による励起のみならず、直線偏光による励起も検証し、同時に励起された異なるバレー励起子が横方向に分離される様子を観測し、励起子ホール効果がバレー編極励起子流の方向制御と同時に、バレー流生成の基本的手法になり得る可能性も見出した。 得られた光誘起バレー熱輸送と励起子ホール効果に関する知見を論文としてまとめ、出版した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究で明らかにした、温度勾配および化学ポテンシャル勾配によるバレー輸送現象とそのホール効果は、今まで報告例のない極めて独創性の高い成果である。現在までに主流であった電流印加によるバレートロニクス研究に並ぶ、バレートロニクスの新分野とも言える熱に関連するバレー輸送現象研究(バレーカロリトロニクス)の基礎となる研究成果であると考えられる。 特に、光誘起励起子バレー流が結晶中を数マイクロメートルもの距離伝達することは当初期待していた以上の成果であり、熱バレー流を用いたバレートロニクスの有望性・将来性を実証した結果であると言える。 また、バレー励起子の横方向の運動である励起子バレーホール効果は、半導体バレー物質における純バレー流生成やバレー流の方向制御にとって必須の技術になると思われる。本研究で発見した効果は巨大であり、現在までに見つかっていた電気的なバレーホール効果よりも一桁以上大きなホール角を示す。これは、観測された励起子バレー効果が単なる電子と正孔の電気的バレーホール効果の足し合わせの現象ではなく、電子とホールが束縛された励起子が、内部自由度を持った新しい量子力学的自由度であることが本質的に重要である可能性を示唆している。この結果は、バレートロニクスのみならず、様々な量子力学的素励起の制御性・ホール効果の研究にとっても重要な知見となり、スピントロニクス等他の多くの分野への波及効果も多大である。 さらに、本研究で開拓した円偏光発光の空間分布観測は、バレートロニクス実験のみならず、様々な原子層ファンデアワールス磁性体における磁気励起観察にも応用可能であり、ファンデアワールスナノ結晶におけるバレー・スピン伝導現象研究を益々推進させることが大いに期待される。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、スピン自由度とバレー自由度との結合を利用した新規バレー熱輸送現象の開拓に取り組む。 特に、発見した励起子バレーホール効果がスピン自由度を伴ったホール効果かどうかは重要な問題である。磁気光学カー効果測定系を新たに立ち上げ、熱誘起励起子ホール効果実現化で励起子が蓄積した試料端のカー回転を測定することで、励起子ホール効果がスピン自由度を伴ったホール効果かどうかの検証を試みる。 また、前年度励起子ホール効果研究において開拓した円偏光発光の空間分布観測や前述カー効果の空間分布観測を用いて、様々な原子層ファンデアワールス磁性体における磁気素励起の輸送やそのホール効果の観測に取り組む。 遷移金属ダイカルコゲナイドにおけるバレー自由度とスピン自由度との結合や原子層ファンデアワールス磁性体における熱誘起スピン・バレー流研究を通して、熱に関連するスピン輸送現象を基盤にしたテクノロジー(スピンカロリトロニクス)との融合と新分野創出を目指す。 さらに、遷移金属ダイカルコゲナイドや原子層ファンデアワールス磁性体単体の物性のみならず、ヘテロ構造界面における熱誘起バレー・スピン輸送現象開拓にも取り組む。最近、単層遷移金属ダイカルコゲナイドと磁性体界面において、スピン自由度とバレー自由度との結合に起因した新現象が次々と発見されているが、そのような界面における温度勾配および化学ポテンシャル勾配を介したバレー輸送はまだ報告されていない。バレー自由度とスピン自由度に依存した特徴的な光電流効果や熱電効果等、ファンデアワールス結晶界面における新現象の開拓にも取り組む。
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