2019 Fiscal Year Research-status Report
占領の法政治学~パレスチナと西サハラにおける法の政治的機能
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17KT0089
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
松野 明久 大阪大学, 国際公共政策研究科, 教授 (90165845)
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Project Period (FY) |
2017-07-18 – 2021-03-31
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Keywords | 占領 / 法律 / パレスチナ / 西サハラ |
Outline of Annual Research Achievements |
課題の3年目となる当該年度は、法律がそれ自身の論理ではなく、占領という政治的目的のために用いられることで、どの点に歪みが生じているかを探求した。この点、イスラエルのパレスチナ占領とモロッコの西サハラ占領では法の基盤が異なり、それらをここでは2類型として検討した。イスラエルはパレスチナを自国の領土とせず、またそこに住むパレスチナ人を自国民とはしない。明確な法的区分を設けている。一方、モロッコは西サハラを自国の領土とし、そこに住むサハラーウィ(西サハラ出身住民)を自国民とする。前者においては、法律において徹底した隔離・分離・区別が可能になっており、東エルサレムを事例としてみた場合、領域を外部の目から遮断したり、日常の現実を隠蔽する必要はない。後者においては、法律の規程ではなく、その運用が区別された実態を作り出しており、そうした実態を隠蔽するために領域を外部の目から遮断している。前者は人を徹底的に区別し管理しているのに対して、後者は領域を特別なものとして管理している。もちろん、これらは類型であって、前者でも領域管理はあり、後者にも人の管理はある。 当該年度は、米国の西サハラ専門家を招へいし、日本平和学会でパネル報告を組織し、自己決定(民族自決)をテーマに、占領の続く西サハラと独立をめぐる住民投票の行われたニューカレドニアとの比較を行った。同パネル報告で明らかになったのは、占領が一時的措置としてではなく、それ自身目標(ゴール)として認識されるような当該地域の国際関係の枠組の存在である。占領それ自身がゴールであるとの議論はパレスチナについてはよくなされるものだが、西サハラに当てはめられることはなく新しい説明法である。今後さらに検討していくことになる。 当該年度は、アフリカを特集として組んだ時事問題月刊誌に西サハラ紛争の歴史と展望についての論考を書いた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本課題の大きな目標は、占領という事実が不可視な状況にあるのはどのような仕組みによるものかを明らかにすることである。研究はその目標に向かって着実に歩を進めてきた。事例として比較するのはパレスチナと西サハラであり、仕組みの中心に位置するものとして法制度を取り上げ、そこにおける種々の現象を捉えることを具体的な作業とした。そのためにイスラエルとパレスチナ、モロッコと西サハラを訪問し、関係者への聞き取り及び資料収集を行った。また、海外の専門家を招へいしたり訪ねたりして知見を得るともに、セミナーや学会パネル報告を組織した。そしてパレスチナと西サハラについてそれぞれ特集を組んだ月刊誌やオンラインのコメンタリー欄に論考を寄せた。 こうした作業の積み重ねの結果、パレスチナと西サハラは近年同類の占領問題として比較されることが多いが、類型としては大きな違いがあるという論点に到達した。それは、人の管理と領域の管理という2種の管理の原理をめぐる類型であり、前者はイスラエルのパレスチナ占領支配、後者はモロッコの西サハラ占領支配に濃厚に現れている。前者は管理されない者の目には、たとえそこにいたとしても、非常に感じにくく見えにくい。後者は、そこにいる者には一目瞭然だが、そこに行かない者にはほとんど見えない。前者においては、市民生活や人の行動・移動に関する法の精緻化によって管理が進み、後者においては徹底した空間の遮蔽と情報規制が管理を成立させる。むしろ希なのは、イスラエルの占領支配類型であり、その歴史的淵源が近代以前のヨーロッパ社会の身分・区分の構造にある可能性があるという点についての探求は今後の課題とする。 この間、考えるべきこととして浮上したのが、占領を一時的な措置、解決すべき問題とする前提への疑義である。実は占領(=現状)は目標(ゴール)であるとの見方に立てば、法制度の分析視角も異なってくる。
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Strategy for Future Research Activity |
当該年度にイスラエル・パレスチナ現地調査及び資料収集を計画していたが、次年度への延長が認められた。新型コロナウィルス感染問題が収束した場合、次年度後半に現地での調査を行う計画である。調査では、東エルサレムに住むパレスチナ人の経済活動に対する法制度に焦点を当てて、資料を収集し、事実を集める考えである。なぜかというと、東エルサレムでは、外部の人間には分かりづらいほどに、一見、パレスチナ人も自由に商売をしているように見える。とくに旧市街に出店する商売人は観光客の訪問によって大きな利潤を上げているようにも思える。しかし、イスラエル市民権を持たない東エルサレムの占領下のパレスチナ人には、さまざまな法的制約が課せられている。ビジネスの放棄を余儀なくされた例も散見される。エルサレム市街地発達の影で、アラブ人伝統的商人層の占領後の没落の歴史を資料で確認しながら、具体的な事例をピックアップして記述することを考えている。パレスチナ人の政治活動に対する制限についてはすでに多くの研究がある中で、彼らの経済活動がどれほど占領によって大きな影響を受けているかを明らかにすることで、占領下の状況を可視化することに貢献できると考える。 これまでの研究成果に追加的研究を加えて、2つの論文を構想している。一つは、法制度の政治的利用に関する類型論の提示であり、パレスチナと西サハラを主要なケースとしつつ、歴史的に主要な占領を類型論的に概観するものである。類型は2つあり、人間管理型と領域管理型である。パレスチナが前者の典型で、西サハラが後者の典型となる。もう一つは、パレスチナ占領地における法制度と経済活動の管理の関係についてで、法制度の概要を記述し、運用の実態を調査にもとづき明らかにし、その政治的意味を分析する。もし、ウィルス感染問題が収束しない場合、アラブ人商売人の没落に関する史的研究に置き換える。
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Causes of Carryover |
当該年度中イスラエル及びパレスチナへの調査旅行を計画していたが、大学における管理職(研究科長)の仕事が忙しく、冬季休暇頃まで実施することができなかった。そして、冬季休暇頃に行おうとしたら、先方の受入れ研究者の都合もあり、2月か3月に行う計画に変更した。そこで新型コロナウィルス感染拡大があって海外渡航は自粛することとなり、ちょうどその経費分が未使用額として残ることになった。 翌年度は、イスラエル及びパレスチナへの調査旅行を行う予定である。現時点ではできるだけ遅く設定する方が安全であるため、2月か3月を予定している。調査は東エルサレム地域における商業活動に関する法的規制及び法の運用状況に焦点を絞り、現地商工会議所の協力を得て、聞き取り調査及び文献資料収集にあたる。 現状ではイスラエルでの調査ができるかどうか、不確実である。もしイスラエルが入国困難な場合、ブリュッセルでの調査を計画している。それは西サハラ問題に関連して欧州連合に大きな動きがあるからである。EUモロッコ漁業協定に対してEU司法裁判所が協定に西サハラを対象領域として含むことはできないという裁定を下したことで、国際問題となっているからである。ブリュッセルには欧州議会があり、西サハラの資源問題を専門に調査している団体がブリュッセル近郊に拠点を置いていることから、ブリュッセルでの調査を行う必要がある。
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