Research Abstract |
水溶液中におけるペプチド鎖の構造・ダイナミクスに関する知見を得ることを目的とした振動分光学的アプローチには,現在も多くの興味が持たれている。特に,アミドI赤外バンドは,2次構造に特徴的な形状をとることが知られており,タンパク質の2次構造含量の定量などに用いられている。2次構造に特徴的な形状をとる理由は,ペプチド基どうしの距離・配向に依存した振動カップリングにある。このような結合振動子系のスペクトルを的確に計算するためには,(1)振動カップリング,(2)個々の振動子(ペプチド基)の振動数シフト,(3)系全体の(ペプチド基どうしの距離・配向を変化させる)ダイナミクス,の3要素を取り入れる必要がある。本研究では,水溶液中の(Ala)_4を対象として,これらを同時に取り入れた時間領域計算法によって赤外および偏光ラマンスペクトルを計算し,その形状に関する検討を行った。 その結果,計算した赤外および偏光ラマンスペクトルには,大きな負符号のノンコインシデンス効果(等方性ラマンが赤外および異方性ラマンより高振動数に位置する現象)が見られ,実測とよく一致することが分かった。この負符号のノンコインシデンス効果は,ペプチド基間の振動カップリングが正符号で十分な大きさをもつことと,ペプチド基のアミドI遷移双極子どうしが90°より十分大きな角度をなすこと,の2つに由来しており,いわゆるランダムコイル状態にあると言われるこのペプチド鎖が,主としてpolyproline II及びβ-type構造をとっていることと対応する。その意味で,水溶液中の(Ala)_4の構造は,ランダムとは遠い状況にある。また,個々のペプチド基のアミドI振動の振動数揺らぎには,〜43fs周期の減衰振動成分が含まれ,これは水の揺動運動によるものであることが分かった。
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