Research Abstract |
いり酒は,室町時代から江戸時代中期まで,主に刺身や鱠などに使用されていたが,いり酒の利用は醤油の普及とともに減少していったことが先行研究によって示されている。そこで,いり酒が存在した意義や役割を解明することを目標に,まず,料理本の記述から,いり酒の製法や利用法について調べ,その結果に基づいていり酒を再理し,成分などから嗜好特性を明らかにしようとした。 江戸期の料理本の調査の結果,いり酒にはいくつかのバリエーションがみられた。そこで料理本の記載に基づいて「いり酒」と「早いり酒」を再現し,成分,特に呈味関連成分の分析をした。 『料理物語』(1643年)の記載に従って「古酒に鰹節と梅干を加えて煮詰めた」ものを基本的な「いり酒」とした。「早いり酒」は『合類日用料理抄』(1689年)の記載に従い,古酒としょうゆ,酢を煮詰めて調製した。成分については核酸系成分,アミノ酸,有機酸(いずれもHPLC),還元糖(HPLCとF-キット),色彩等について分析した。また,試料を5,25,35℃で2か月間保存し,成分等の経時変化を調べた。 いり酒の主な呈味成分は,うま味成分としては鰹節に由来するイノシン酸(IMP)と古酒のコハク酸,酸味成分としては梅干のクエン酸と乳酸であった。早いり酒の主なうま味成分は醤油に由来するグルタミン酸と古酒のコハク酸であった。酸味成分としては,酢酸と乳酸が検出された。いり酒と早いり酒の塩分は,いずれも5%程度で,調味料としては低塩であった。早いり酒は,いり酒と異なり,醤油の影響が強く出たものであることが推察された。いり酒を35℃で保存すると,1週間以内に濁りや赤みを呈した沈殿物が析出し,これに伴い総遊離アミノ酸量が減少したが5℃の低温保存の場合一定期間の保存が可能であった。
|