2007 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
18520058
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
宮本 要太郎 Kansai University, 文学部, 准教授 (10312779)
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Keywords | 宗教学 / 聖伝論 / 教祖研究 |
Research Abstract |
新しい宗教運動の創始者達の宗教的世界が広く民衆の支持を集めるのは、主に、彼ら/彼女らの、民衆の生活に即した平易な言葉による教説と、直接的な救済のわざによるものであるが、創始者達がこの世を去った後もその宗教運動が民衆によって担われ続けるためには、「教祖」の創出がしばしば決定的に重要となる。その契機の一つが教祖伝である。教祖は民衆に新しい宗教的世界を開示する一方で、それが可能であるのは民衆の間に教祖を中心とする「記憶の共同体」が存続する限りにおいてであると言える。その意味でも「集合的物語」としての教祖伝の意義は決して小さくない。 教祖の死によってもたらされる共同体の危機は、しばしば後継者の問題を惹起する。宗教的権威ないしカリスマの委譲の問題である。教祖伝において後継者がどのように描かれているかは、教祖伝に内在する政治的力学を解明する上で、興味深い問いである。また、教祖伝の内容とは別に、それ自体の執筆、編纂、ならびに刊行をめぐる経緯も、教団の政治性を克明に物語る。天理教や金光教など歴史上多くの教祖伝を有する教団においては、これらの教祖伝群の誕生のいきさつは、信仰のダイナミズムを考える上でも看過できない。 教祖が自らの宗教体験を理解するために自叙伝を書くとすれば、教祖伝はその理解を少しでも共有したいという志向性に導かれている。教祖の宗教体験は本人以外には理解不可能であるが、野家啓一の論理を借りれば、理解不可能なものも「人間の生活の中の特定の主題への連関」の中に置かれることで受容可能なものとなる。この「連関」を形作ることこそ物語の根源的機能であり、教祖伝が単なる教祖個人の物語でなく、そこに家族や直信を含め、さまざまな人物が描かれている物語であるからこそ、教祖の宗教的世界は民衆にとって受容可能なものへと転化する。その背後に超越論的なプロットを読み込むことを可能にするのが聖伝の宗教的構造である。
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