2008 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
18520071
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Research Institution | Kanazawa Institute of Technology |
Principal Investigator |
平泉 隆房 Kanazawa Institute of Technology, 基礎教育部, 教授 (20148357)
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Keywords | 伊勢神道 / 伊勢神宮 / 外宮祭神 / 度会氏 / 白山信仰 / 日吉社 / 比叡山延暦寺 / 日吉白山神人 |
Research Abstract |
我が国における最初の本格的神道論といえる伊勢神道論の成立時期を再検討した。その結果、遅くとも平安時代後期には伊勢神宮外宮の祭神が、豊受大神から皇御孫尊に変更されていること、そして鎌倉時代を通じて外宮祭神は皇御孫尊が最有力な説がであったことを指摘した。これは古伝では到底ありえず、神宮祠官ことに外宮祠官による新たな主張と見なして良く、伊勢神道(思想)の萌芽とも言うべきものであることを明らかにした。通説では、元冠(蒙古襲来)を機とした神国思想の高まりによって伊勢神道が唱えられたとしているから、少なくとも1世紀以上成立時期が遡ったことになる。この結果、神道史の枠組みは大きく変更を余儀なくされよう。つづいて、白山信仰の全国伝播の担い手について考察し、平安後期から鎌倉期さらには南北朝期にかけて、比叡山延暦寺の僧や日吉社神人によって、日吉信仰(山王信仰)とともに広まっていくのではないか、との見通しを得た。つまり、延暦寺領荘園を拡大していくなかで、とくに北陸道において、日吉社神人が活発に活動しており、北陸道に強い地盤を持っている白山勢力を味方に付けながら獲得していく様子を検証した。なかでも、日吉白山神人という表現に端的にあらわれているように、日吉信仰と白山信仰が協力しながら勢力拡大をはかったことを裏づける史料をいくつか検出した。奥州平泉の中尊寺や毛越寺にも、両信仰が浸透していることは確かで、そのことの意味を解明する上からも貴重な足がかりとなる。伊勢神道(伊勢信仰)が山王信仰(神道)をはさんで白山信仰と関連がある可能性もあり、民衆宗教史の観点からも興味深い。このように平安後期から鎌倉期にかけての神道論や信仰の広まりについて、従来とは大きく異なる視点を提供できたと思う。 なお、これらの考察と合わせて、平安後期の伊勢神宮を明らかにする上からも欠かせない、詳細な伊勢神宮史年表を作成した。以前に科研費報告書で報告したものに、新たに『神宮史年表』(神宮司庁編、戎光祥社)の平安後期部分を増補したものである。
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