2006 Fiscal Year Annual Research Report
色と音色の共感覚的レトリックの構造ーー音色の言葉と画像の記述
Project/Area Number |
18520097
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Daito Bunka University |
Principal Investigator |
樋口 桂子 大東文化大学, 国際関係学部, 教授 (10156573)
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Keywords | レトリック / 色 / 音色 |
Research Abstract |
研究者の今回の研究課題は<色>と<音色>との関係をレトリックの観点、すなわち同じように芸術表現に関わるとしても、音と色とでは、表現素材を言語に変換して表現するとなると、どのような違いと表現特徴が出るのか、表現様式の落差はどのようなものであるのか、を修辞学的観点から見ることである。本研究の核心はこうした両者の差異を分析し、美学的観点において明確化し、音における色彩表現の特徴を、なかんずく、修辞学的観点から分析することである。2年間という比較的限られた研究補助期間においては、研究の焦点も絞られなればならない。従って今年度においては本問題も、音においては、楽音、そのなかでも特に<ピアノ>に焦点を当て、それらの機種の違いを聴者がどのように聞き分け、捉え、またどう言語的に表現するのかを扱った。 そこでまず問題にしたのは、クラシック音楽に比較的不慣れな一般的な聴衆が、果たしてピアノの機種(年代も含めて)を聞き取り分けられるかどうか、もし聞き分けられるとすればどう表現するのか、あるいは全く不可能であるのかであった。そこで本学(大東文化大学)の学生(全学年、協力者)をアンケート対象に調査を行った。ところが結果は私が想像していた以上に確かなものであった。彼らの平均的な聞き取り能力、表現能力は、いわゆる音楽評論家・批評家と言われる人たちに引けを取らないのである。(ベーゼンドルファー、スタインウェイ、グロトリアン、ベヒシュタイン、イバッハ、ヤマハ、カワイ、オーハシ、等々を彼らは聞き分けられた。)演奏表現者(ピアニスト)のタッチによって同じ機種のピアノでも音質に差異のでることは周知のことで、この点はしばしば非常に重要視されるところであるが(ピアノ教師の通常の言)が、それ以上にピアノの機種はタッチの差異を超え出て鳴り響く。聴衆はそれを聞き取っている。ただし、その差異をどう表現するかというと、現在のところ、不慣れな耳はやはり<共感覚的>な、しかもやや雑な比喩の方法に頼らざるを得ない。批評家と言われる人々はそれを文学的に間接的に比喩を駆使して表現している。文献・資料を参照すると、それはすでに200年にわたってそうであったと言うことができる。 興味深いことに、今回の海外調査、および国内のピアノ製作工房での調査によって、ピアノ製作者・ピアノ調律者もまた、基本的には、言語による差異の手法において、アンケート学生などのいわゆる<素人>とそれほど変わるところはないところがあることが判明した。 今回、こうした音色の表現を<色>と直接比較するに当たり、特に<万葉集>を取り出し、雛形とした。本研究はこの歌集分析においてもデータ化を試み、さらにその検討・分析を続けているが、この歌集においては楽音よりも自然音に関心を寄せている。とくに虫・鳥、風、海、川などの音に関心が抱かれている。とはいうものの、それらの種類(鳥の種類等)は類型的でかなり限られている。また、歌声は、音色そのものの違いにはそれほど注目をしていないようである。その理由は(今年度の現在の研究段階では)、万葉集自体が本来のかたちにおいては、むしろ実際に抑揚をつけて歌うもの、声に出して朗々と歌うものであったのであり、さらに初期においては、所作、身振りなどさえつけて歌い踊るものであったことと関係があると思われる。音の表現は、後期になってそうであるように、無言で読む(黙読)場合には必要であるが、音がある場合にはむしろ邪魔であるのではなかったか。万葉の中に鳥や虫、風の音の記載があるとは言っても、それらはまた本質的には、心情の発露(大概はそれが声となる)にかぶされたものであろう。万葉集などの<うた>の多くが色についてはさまざまな比喩をしているほどには、音色表現に関心を寄せていないのは、こうして、美学・修辞学的においてさらに興味深い問題となった。詩歌の中の<音>表現においてはいわゆる<見立て>をするのが難しく、音はむしろ背景的・<気分(情趣)>的な要素を漂わせるのに忙しいからなのであろう。 なお研究は、学生のアンケート、ピアノ工房、楽器工房での聞き取り、国内外の図書館・楽器資料館での資料調査、実見、音楽批評論(過去・現在)、万葉集の音表現関係のデータ化に加え、絵画の中に描かれた楽器の分析もさらに、実際に人間が自然音をどう聞き分けているか、また味覚表現とはどう異なっているのか、についての研究を加えた。)
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