2007 Fiscal Year Annual Research Report
色と音色の共感覚的レトリックの構造-音色の言葉と画像の記述
Project/Area Number |
18520097
|
Research Institution | Daito Bunka University |
Principal Investigator |
樋口 桂子 Daito Bunka University, 国際関係学部, 教授 (10156573)
|
Keywords | 音色 / レトリック / 色 |
Research Abstract |
本研究は、従来あまり論議に上げられることのなかった<音色>の言語表記(楽音、もの音の言語記述)を、美学および美的レトリックの次元から論述したものである。具体的には、(1)音楽の大衆化に合わせて近代に大きな発展を遂げたピアノの音の差異と、(2)『万葉集』に歌われるさまざまな音の言語表現、とを中心素材とし、これらを色彩のレトリックのあり方と照らし合わせながら、修辞学的な分析を行った。 音の言語表記にまつわる論争が、色や形のような視覚的・造形的分野に比べると格段に少なかった理由の裏には、音の言語化が、結局のところ、共感覚的隠喩(つまり他の感覚表現領域の借用表現)に頼るほかなかったからである。日本語で「音色」を<音>の<色>と書くこと自体、音色が共感覚的にしか表現できないことを暴露している。そこで本研究では、客観的である<色>の言語表現の構造とともに、同じように共感覚的な隠喩を駆使することでしか表せない<味覚>の表現を1つのモデルとしながら、種々のメーカー(機種、年代)のピアノ音の表現の仕方を比較・分析した。(このため大東文化大学において一般学生を対象にアンケート調査を実行。)さらに『万葉集』の音色表現を取り上げた。しかし結果だけを言うなら、万葉集の音の言語記述には予想した豊富さはなかった。その理由は、万葉集自体がそもそも音の響かせ方を創作の目的とする<うた>であり、<歌われる>ものであったこと関連している。万葉集の中には鳴く鳥、虫、波や川、水、木々の触れ合う音、合図で鳴らすもの音、歌声、空気や風の音などが登場する。しかしそうした語表現は音色としての音そのものの様態を表記するのではなく、語音の音響とそれに照応する歌い手の心情と重なる、心の反映としてのレトリックなのである。 ピアノ音の調査からも得られたように、この研究を通して、音色の表現に潜む<情>、背景が浮かび上がった。そしてとりわけ日本語における<擬音>という観点への問題の次の開口部が得られた。(西欧語の動物や虫の泣き声の真似方との比較にヒントがある。)すなわち、日本語における音色の言語表現には、音をめぐる情趣、人を取り囲む情況との結びつきの深さが指摘できるのであり、それらは日本語に独自の抽象化のレトリック体系を作り出している、と言える。 ただし、ピアノの音色記述については、ピアノがそもそも音楽を作り出す楽器であるかぎりで、どうしても演奏批評、演奏仕方の表記と関連させざるを得ない。楽器の音色記述問題は、演奏批評と如何に分離させるか、という問題に収斂して行く局面を必然的に伴う。音色のレトリック問題は、音源である「もの」自体を扱うのか、あるいは演奏にも関連させるのか、でアプローチの仕方が異なって来る。それはそもそも、音色表記のレトリックという課題の提出の可能性・不可能性に連動しており、本研究はそのかぎりにおいてレトリックの限界と複層性を表面化させるものとなった、とも言える。
|
Research Products
(1 results)