2008 Fiscal Year Annual Research Report
『元朝秘史』研究における文学研究の構築-モンゴル英雄叙事詩研究を土台として-
Project/Area Number |
18520279
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Research Institution | Aichi Shukutoku University |
Principal Investigator |
藤井 麻湖 (藤井 真湖) Aichi Shukutoku University, 現代社会学部, 准教授 (90410828)
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Keywords | 元朝秘史 / マスター・ナラティヴ / マイナー・ナラティヴ / 英雄叙事詩 / 歴史意識の言語芸術 / 実証的歴史 |
Research Abstract |
本研究はモンゴル民族の文化的支柱のひとつ『元朝秘史』(以下、秘史)を文学的に研究する土台を構築することを目的としている。秘史研究はこれまで世界において歴史、言語の面で多くの研究が蓄積されており、日本はとくにこの分野では世界的にリーダー的存在感を示してきた。だが秘史の文学的研究としては見るべきものを残してきたとはいえない。この理由は日本の秘史の歴史研究が「実証」的に優秀なあまり、文学研究に価値を見出してこなかったこともあるが、それ以上に、秘史研究が言語と歴史に分断されておこなわれ、トータルな文学の視座の重要性を認識してこなかったことが原因であろう。その結果、歴史学では秘史の稗史的性格をもって資料的価値を格下げされ、言語学では秘史の言語が13~14世紀の言語研究の素材という小さな存在にされてしまっているといえる。本研究代表者は歴史と言語を統合する文学の視座において「言語芸術」として秘史を再定位し、敗者を含む非権力者の歴史意識が反映される、これまで取り組んできた英雄叙事詩に対するような研究の取り組みが秘史研究にも必要であると考える。それゆえ本研究は秘史を「実証的歴史」ではなく「歴史意識の言語芸術」として解明することを目指す。 今年度の最大の成果は論文「チンギス・カンをめぐる伝説の諸相」である。この論考では、ネイティヴの伝説記録者が意識していないチンギス時代の敗者の歴史の痕跡をたどることができたという点で、英雄叙事詩に一脈通じるような、マスター・ナラティヴに潜むマイナー・ナラティヴに光を当てることができたといえる。チンギスを賞賛しようとする姿勢で記録された伝説集から「敗者」の存在を可視化させたことは重要な成果であろう。とくに、そうした存在のひとりがチンギスの異母弟ベルグテイであることが浮上し、この人物の母がタタル集団出身であれば秘史の一部がうまく読み解けることが判明したことは大きい。
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