2006 Fiscal Year Annual Research Report
黒いヴィクトリア朝人の帝国経験--「慈悲深き大英帝国」再考
Project/Area Number |
18520580
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Konan University |
Principal Investigator |
井野瀬 久美恵 甲南大学, 文学部, 教授 (70203271)
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Keywords | 黒いヴィクトリア朝人 / 大英帝国 / 博愛主義 / 奴隷貿易廃止運動 / ミッション(伝道) / 過去の贖罪 / アフリカ / 非白人 |
Research Abstract |
研究初年度にあたる2006年度は、具体的な事例の抽出と分析のための基礎的情報の収集を主とした。収集した大英帝国関係の資料から、研究課題に掲げた「黒いヴィクトリア朝人」--さまざまな事情からヴィクトリア朝時代のイギリスに渡り、ある一定期間をこの帝国の中心で暮らした非白人、とりわけ、現地社会の上層部に属し、そのためにヴィクトリア女王との間に「特別な関係」を構築し、帝国再編にあたって「慈悲深き帝国」を主張しはじめたイギリスの宣伝に用いられながらも、その後忘却された非白人たち--の具体的な発掘に努めた。この地道な作業には、帝国の拡大にともなって(あるいはそれに先んじて)現地の非白人の「文明化」に乗り出した国教会伝道協会(Church Missionary Society)をはじめとする伝道協会の報告書や書簡などを収めたマイクロフィルム(アフリカを中心に収集した)が大きく役立った。 特筆すべきは、彼らを再び歴史の研究・分析対象として当時の時代的コンテクストに「彼らの記憶」を置き、分析するだけでは収まらない事情が、21世紀初頭のイギリス社会に訪れたことだろう。それは、2007年に200周年を控えて国内、特にかつて奴隷貿易の拠点であったブリストルやリヴァプール、そしてロンドンで高まる「奴隷貿易という大英帝国の過去」を再記憶化しようとする動きである。大英図書館や王立文書館、ブリストル大学やリーズ大学などでの現地調査では、「黒いヴィクトリア朝人」研究もこの問題、とりわけ「この過去をどう償うか」という深刻な問題と無関係ではいられないことを痛感した。大英帝国における奴隷貿易廃止法案通過(1807)と奴隷制度廃止法案通過(1833)の後、「帝国の母」という新しいイメージを強く打ちだすことで君主制自体を再構築することに成功したヴィクトリア女王の時代、とりわけ現地人首長の子どもたちの渡英が相次いだ1850、60年代は、文字通り、帝国が新たなイメージを試行錯誤した時期にあたり、その混迷が彼らの渡英をもたらしてもいたのである。この点については、平成19年4月17日公刊予定の拙著、『大英帝国という経験』(講談社「興亡の世界史」シリーズ第16巻、全400ページ)の第4章にまとめることができた。2007年4月以降もイギリス、アフリカ双方で奴隷貿易廃止200周年を記念するさまざまな行事が予定されており、それらを軸にして、「黒いヴィクトリア朝人」の存在と「慈悲深き博愛主義の帝国」を標榜しはじめたイギリス社会とを照射させた分析も、現在まとめつつある。
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Research Products
(4 results)