Research Abstract |
セレンは抗酸化作用,免疫賦活化作用,ホルモン調節作用,がん予防効果など,多くの有益な生理活性を示す微量必須元素である。高齢化が進む欧米の先進諸国に於いてはセレン含有サプリメントがQuality of Lifeの向上に寄与できるとして注目されている。しかし劇的な生理活性を示すだけに副作用も強く,医師の指導による注意深い服用が奨められる点で通常のミネラルとは一線を画している。食品中に微量に含まれる有機または無機のセレンは,セレン含有蛋白質のセレノシステイン残基に代謝されて上述の生理作用を発揮する。セレン含有蛋白質の生合成には,セレノリン酸という活性化した代謝中間体の供給が必須である。セレノリン酸よりも以降の代謝経路については,国内外で集中的に研究が進められている。しかし,食品中に微量に含まれる無機や有機のセレンからセレノリン酸への代謝経路ついては全く明らかになっていない。そこで本研究では,セレンの毒性を回避しつつその有用性を享受することを目的として,この不明分な経路の解明に取り組んでいる。 本研究では,まず,食品に含まれる無機セレンの主成分である亜セレン酸(Na_2SeO_3)に着目して,その還元的同化系について検討した。亜セレン酸(Na_2SeO_3)の還元的同化にはグルタチオン還元(GR)系が関わっているとの定説が広く信じられているが,大腸菌をモデル細胞としてGRではなくチオレドキシン還元系が関わっていることを昨年度の成果として示した。今年度は,論文の投稿とレフリーが求める追加実験に対応した結果,J.Biochem.誌に受理された。冊子としての出版は年度を越えたがH20年1月に電子版がweb公開されると海外から電子メールによる問い合わせもあった。さらにこの新知見を分子レベルで証明するために,セレノリン酸合成酵素(Se1D),チオレドキシン(Trx),チオレドキシン還元酵素(TrxR)の発現系を確立した。精製蛋白質を用いる再構成実験により亜セレン酸がTrx/TrxR系によって効率的に還元され,セレノリン酸合成反応の基質になることが示された。この研究成果は,日本生化学会や日本農芸化学会において発表し,現在,投稿準備を進めている。前年度に行ったSps1とSps2のアミノ酸配列の交換実験の結果,これまで活性中心と見なされてきたアミノ酸配列よりもさらに下流にセレノリン酸合成に必須の配列があることが示されたが,論文投稿のためには,細胞レベルでの現象だけでなく分子レベルでの証明が必要であるとの指摘を受けたので,作成した遺伝子の発現系構築を検討した。しかし,ヒトのSps遺伝子は宿主大腸菌に対する毒性が強く,遺伝子発現産物を得ることは困難であった。そこで,すでに遺伝子発現が報告されているマウスのSps1,Sps2遺伝子で代替することにして生後1日のラット胎児から調製された各臓器別のcDNAライブラリーからSps1,Sps2の遺伝子を増幅した。Sps1,Sps2遺伝子の発現は,配列解析の研究だけでなく次年度の有機態セレン代謝研究にも必要であり,発現系構築と変異導入操作を進めている。
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